[SS] うさぎとうさぎ
「これくらいでいいんじゃない?どう、真希姉。」
「そうね、これ以上はもう無理....。」
「お姉ちゃん、もうちょっと、もうちょっとだけ。」
「もう大丈夫よ。きっと大丈夫。」
玄関のドアを開けると、暖房の熱気が吹き出してくる。
深夜、雪の中でどれくらいたんだろう。
全身が氷のようだ。
私たちは、家の中に飛び込んだ。
東京に雪が降った。
2日ほど降り続いた雪は、珍しく積もっている。
見るもの全てが、白。
あたりが全て、真っ白。
中学校も、小学校も休校になった。
運送の仕事をしている父は、文句を言いながらも出かけて行った。
私たちはする事もなく、居間でゴロゴロしていた。
そろそろ日が沈む。
お母さんは夕飯の支度を始める。
「優希、栞里、夕飯までに宿題しちゃいなさいよ。真希、見てあげて。」
「はーい。」
台所から包丁の音と声が飛んで来た。
私はスマホを触っていた。
妹の優希と栞里は宿題を始めた。
東京は少しの雪でも大ダメージになる。
電車、バスも間引き運転で大渋滞らしい。
あちこちで学校が休校。
SNSのタイムラインは雪の話題で持ちきりだった。
スクロールすると、雪だるまの画像が流れてきた。
「真希姉、ここどうしたらいいのかな?」
「お姉ちゃん、ここ教えて。」
SNSを中断して、二人の後ろに座る。
「さて、終わらせるよ。」
珍しく家の電話が鳴った。
お母さんは慌てて、受話器を取る。
「え。」
それが第一声。
「はい、はい、はい、分かりました。」
お母さんは受話器を持ったまま、ボーッと立っている。
「お母さん?」
ハッと我に帰ったようで、スマホを持って玄関の方に行ってしまう。
電話をしているようだ。
聞かれたくない内容なのだろうか。
「真希姉、なんだと思う?」
「分かんないわよ。」
「何かな?」
「わかんない。」
ほんの少しの心配と、嫌な予感。
お母さんは電話を終えて、走ってきた。
「真希、優希、栞里。おばあちゃんの具合が良くないんだって、お父さんが迎えにきてくれるから、二人で病院に行ってくるわね。」
「真希、ちょっと。」
お母さんは私を玄関に連れて行く。
耳のそばで小さな声で話し始めた。
祖母が倒れて、病院に運ばれた。
置き配の荷物が置かれたままで、宅配の人が見つけたらしい。
玄関で倒れており、そのまま病院に運ばれた。
という事だった。
「真希、あとお願いね。」
私はうなづくしか無かった。
「ごめんね。お父さんの車だと、みんな乗れないから….。」
「わかった!」
「うん、行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」
お母さんはとりあえずの着替えとメイクで出かけて行った。
祖母はここから電車で3時間位の所に住んでいる。
車でしか移動も、買い物もできない山の中。
奇跡的にコンビニが出来て
宅配サービスが出来た事でだいぶ楽になったみたい。
祖母に最後に会ったのは半年くらい前だった。
私たちが遊びに行くと、すごく喜んでくれた。
祖父は早くに亡くなってしまったらしい。
祖母の家の仏壇には写真が置いてあった。
祖母の家に行くと、いつもりんごをむいてくれる。
「美味しいかい?」
「うん!」
栞里はりんごを口いっぱい頬張る。
「美味しいよ、おばあちゃん。」
優希も普段は食べないのに、この時は頬張って食べている。
「うん。」
私はそんな二人を見ながらしゃりしゃりと齧っていた。
「そうかい、そうかい。もっと食べるかい?」
栞里が目を輝かせると
台所からりんごとナイフを持ってきて綺麗に皮を剥いてくれた。
「おばあちゃん、すごい!」
「栞里もできるようになるよ。」
「おばあちゃん、私もできるかな。」
「優希もできるようになるよ。」
「え、でも優希は大雑把なのよね。」
「ひどいよ、真希姉。」
私たちのやりとりを祖母は楽しそうに聞いていた。
「ねえねえ、おばあちゃん大丈夫かな?」
栞里が心配そうな顔で言った。
「何にもないよ、大丈夫。」
優希は栞里の腕を掴む。
「ねえ、お母さん帰ってくるかなあ。」
「無理じゃない?電車で3時間でしょ。電車でもまだ着いてないよ。」
「そうね。」
落ち着かない。
優希と栞里は同じ部屋。
部屋に帰る時間を当に過ぎている。
今日は3人で居間にいた。
「ねえ、おばあちゃんの林檎美味しかったよね。」
「うんうん、美味しかった。あと、綺麗だったよね。」
「綺麗って何?」
「ほら、毎回うさぎ型にしてくれたじゃん。」
「そうそう、うさぎ。」
うさぎ。
そう、祖母は毎回りんごをうさぎの形に切っていた。
「可愛いでしょう。」
あの時も目の前でうさぎを作ってくれた。
「ねえ….。おばあちゃん。大丈夫だよね?」
「多分、ね。」
しばし沈黙。
「大丈夫よ。」
私は二人にそう返した。
日が変わる頃、お母さんからメッセージが届いた。
「今夜が峠だって。」
返信の言葉が思い浮かばない。
なんて書いたらいいんだろう。
とりあえず、了解のスタンプを送る。
「今日はもう寝なさい。妹の事よろしくね。」
同じく了解のスタンプを送った。
今日はこのまま、居間に布団を引く事にした。
栞里がそうしたいと言って聞かなかったからだ。
布団で横になって、3人で天井を見ている。
「真希姉、おばあちゃん大丈夫だよね。」
「大丈夫よ。」
「お姉ちゃん、本当?」
無垢な言葉が刺さって来る。
「そうだ!うさぎさん作ろうよ。」
栞里が言う。
「何?栞里。うさぎさんって。」
「おばあちゃんがね、言ってた。雪でも、うさぎさんを作ったんだって。」
「あ。そんな話してた。雪でうさぎを作ってツキを呼ぶって。」
「ツキ?ああ、月とかかかってるのね。親父ギャグじゃないんだから。」
栞里が布団を蹴飛ばして立ち上がる。
「雪うさぎ、作る!」
そう言って、服を着替え始めた。
「栞里、外寒いから明日にしよう。」
「そうだよ、真希姉の言うとおりだよ。」
二人で止めるが、どんどん着替えてく。
「だって、ツキがあったら、おばあちゃん元気になるよね。」
「わかった!、あたしもやる!、栞里がやるならあたしも!」
優希も布団を蹴飛ばして立ち上がった。
「優希…..。」
「お姉ちゃんは?」
「真希姉は?」
私も布団を蹴飛ばして立ち上がった。
寒い。
指先が、顔が、鼻が痛い。
雪は止んでいるが、まだ積もっている。
手袋をしていても、冷たさは突き抜けてくる。
それでも、精一杯作る。
不恰好。
大きさもまばら。
目の部分も、耳の部分も全部雪。
うさぎに見えないかもしれない。
それでも懸命に作り続ける。
玄関の前も、前の道も雪うさぎがで埋まって行く。
何も言っていないけど、みんな同じ方向を向いている。
深夜。
中学生と、小学生が雪の中。
流石にもう限界だ。
「これくらいでいいんじゃない?どう、真希姉。」
「そうね、これ以上はもう無理....。」
「お姉ちゃん、もうちょっと、もうちょっとだけ。」
「もう大丈夫よ。きっと大丈夫。」
家の中に飛び込む。
手袋、ダウンジャケットの雪を落とす。
私は急いでお風呂を沸かす。
シャワーを全開にしてお風呂場を温める。
交代で湯船に浸かる。
冷え切った体はすぐに温まった。
少しお腹が空いたので、お菓子を適当につまむ。
お風呂と、暖房のおかげで体はポカポカ。
布団に潜り込む。
「おばあちゃん、大丈夫だよね。」
「みんなであんなに雪うさぎ作ったんだから、大丈夫さ。」
「そうね、大丈夫よ。大丈夫。」
それ以上、誰も何も言わない。
目を閉じる。
家の前の雪うさぎが、ふわりと浮き上がる。
目の部分の窪みは赤く、耳の部分はピンと伸びてピクピクと動いている。
浮き上がった雪うさぎは、大きな一つの光の帯となって空を駆けて行く。
街を。
川を。
山を越える。
やがて大きな建物が見えた。
建物の窓、その一つに祖母が見えた。
ベッドに横になっている。
腕には点滴、口にはマスクのようなもの。
体には、何かが付いている。
光の帯は窓目掛けてスピードを上げて行く。
光は輝きを増して、白く輝く帯になった。
帯は祖母の体に吸い込まれるように消えて行く。
どんどん。
どんどん。
そして、消えた。
朝だった。
いつもの時間に目が覚めた。
優希も栞里もまだ眠っている。
スマホに通知。
お母さんからだった。
「治ったわけじゃないけど、しばらくは大丈夫だろうって。」
「みんなも会いたいよね、今週末にみんなで、病院に行こうね。」
やったねスタンプを連打した。
何回も何回も。
スマホを置いて、息を吸い込む。
「おばあちゃん、大丈夫だって!!!!!」
「真希姉、どうした?」
「お姉ちゃん、うるさい…。」
二人はまだ寝ぼけ眼だった。
私には確認したいことがあった。
玄関のドアを開ける。
ドアの横にも、前の道にも無い。
あれだけたくさん作った雪うさぎは一つも無かった。
私は空を見上げる。
太陽が綺麗に顔を出している。
雪も少しづつ溶けて行くはずだ。
夢だよね。
そんな事を思いながら
ドアを閉める。
こちらの企画に参加させて頂きました。
ありがとうございます。
奇跡が起こったっていいじゃない!
