【エッセイ】 地続きの夢
思考と夢は地続きである。——今朝、そう気づいた。
最近、思考がうるさくて疲れていた。
瞑想中もあーだこーだと思考の波は止んでくれない。
その度に、観照者に戻る。一旦静寂に包まれ落ち着く。
…が、またズズズ〜〜と思考に引き戻され埋没する。
そしてまた、ハッとなり観照者に戻る。
そんな感じの毎日が続いていた。
こんな時は、諦めてそのままにしておく。
すると、時々フッと思考が止んで行動が起きてくる。
今、そのタイミングでこれを書いている。
*
今朝、私は夢を見ていた。
そして、夢の中で夢の中の出来事に対して思考していた。
…でも、知らないうちに現実世界(この3次元)の出来事の思考に移っていた最中に、ハッと目が覚めた。
あれ?…今の思考は、夢の中で起こってたのか?
それとも、実は目が覚めていて、その上での思考だったのか?
こんな体験は初めてで、興味深いわぁと好奇心がムクムク。
そこに間髪入れず、『ああ、ぜんぶ夢だわ。』といきなり腑に落ちたのだった。
*
思考は夢だ。
地続きなんだ。
その思考を思考だと観照している今だけが現実と呼べる。
そして、思考自体もコントロール不可。
だとすれば、思考することへの抵抗がなくなり、
思考の波に揺られている今が、ただただ興味深いだけだ。
波に揺られ続けると疲れてくる。
その疲れに気づきがなければ、船酔いが起きてくる。
夢の中で溺れないために、私は毎朝座る。
書く。身体を動かす。
それは、夢から覚め続けるための習慣だ。
*
思考は夢と地続きだ。
だからこそ、私たちは夢を見続けることも、夢から覚めることもできる。
覚めて、また夢をみて、その夢を観じる。
その繰り返しの中で、夢はゆっくりと形を成していく。
夢を完成させるのが、私たちのお役目である。
——そしてこの文章もまた、一つの夢なのかもしれない。
