「退職」まであと1ヶ月
退職まで、あと1ヶ月になった。
長くいた会社なので、もっと寂しくなったり、感傷的になったりするものだと思っていた。でも、今のところ驚くほど普通である。
7年間も働けばそれなりに思い返すこともあるはずで、実際の出社日もあと10日程しかない。それでもまだ、退職は少し他人事である。
ただ、一つ変化があった。
最近、組織のこれからについて話していると、言葉が一度止まる。
「その頃には、私はもういない」
以前の私なら、「こうした方がいい」「こうすべきだ」とかなり強く言っていた。今でも、自分なりの正解はある。
でも、意見を言うことと、その結果に責任を持つことは違う。
私の正しさを残したところで、その選択の責任を取る頃には私はいない。
だから今は、自分の意見を通すより、残る責任者が何を実現したいのかを聞き、それをどう仕組みにするかを考えることが増えた。
正直、もどかしい。「絶対こっちの方がいいのに」と思うこともあれば、「まあ、どうせ辞めるし」と思うこともある。
辞め際に人間性が出る、と聞いたことがある。
もし今の私がそうなら、私は思っていたより臆病な人間なのだと思う。
「自分が責任を持つ」と決めたものに対しては、不器用なくらい真っ直ぐだっただけなのである。
たぶん、この会社で過ごした時間の多くは、そんな時間だった。
私は、会社が好きではない。
納得できないことも、気に食わないことも、信用できないと思ったことも、数え切れないほどあった。
それなのに最後が近づくと、不思議と人との記憶ばかりが浮かんでくる。
死ぬほど忙しい月末、チーム全員で終電まで残って食べたマック。トラブルで案件を失いかけた私たちに、「大丈夫です。また決めてきます」と笑ってくれた営業。自分ではもう判断できないほど悩んだとき、「俺が全部責任を取るから」と背中を押してくれた上司。
一緒に涙を流したメンバーもいる。
一緒に覚悟を決めたメンバーも、一緒に壁を超えたメンバーもいる。
一つひとつは、会社員ならどこにでもある出来事なのかもしれない。
でも今になって思う。
私は、この会社の人たちと本気で仕事をすることが心から好きだったのだと。
今でも鮮明に覚えている日々がある。
人が信用出来なくなり
悩んで眠れずストレスで体調が崩れ
会社に行きたくないと、朝が来るのが怖いと
体が動かなかった
孤独だと、もう無理だと、できないと
何度も何度もひとりで逃げ出したくなった
その度に私は逃げる勇気もなく
ただ、その場で下を向いてやり過ごした
そんな日々。
私はずっと、
自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取る。それができる人間でありたいと思って働いてきた。
でも、この会社を離れる今、自分の中に残っているものの多くは、自分一人ではつくれなかったものだった。
誰かに任せてもらったこと。誰かの責任を背負ったこと。自分では背負いきれないときに、誰かが背負ってくれたこと。失敗して、それでももう一度信じてもらったこと。
私は、思っていた以上に「繋がり」を大切にしていたらしい。
何度もメンバーのふとした笑顔に救われた。
守りたいと、心から思った。
だからこそ、辞める今になって、残していく人たちのことが気になるのだと思う。
自分で採用した人もいる。まだ一緒に働き始めて一年も経っていない人もいる。今も悩み迷ってる人がいる。
その人たちを残して、自分だけ次へ行く。
これについては、どう綺麗に言い換えても申し訳なさが残る。
「上司が辞めることが、最大のマネジメントになる」と聞いたことがある。
私が「できること」ではなく「やりたいこと」を選び、その先でちゃんと実現していくこと。それもいつか、彼らに何かを残すのかもしれない。
でも、それも半分は自分を納得させるための理屈だと思っている。
そう思わないと、苦しい。
それでもいつか、彼らが自分の人生で何かを選ぶときに、「あの人は夢を叶えたんだ」と、ほんの少しでも前に進む理由になっていたら嬉しい。
だから私は、この先をちゃんと形にしなければならない。
――と、随分綺麗なことを書いた。
一方で、退職するので賞与はもらえない。
だから、「賞与も出ないんだし、もう無茶な残業はしないぞ」とも普通に思っている。
朝まで一人で会社に残っていた私は、もういない。
ただ、それでいいのだ。
最後だからといって、すべてを美談にするつもりもない。感謝を伝えたい人には伝えるし、最後まで伝えないと決めている人もいる。私は粘着質なのだ。
嫌だったことは、嫌だった。許せないことは、今でも許せない。一生忘れない。
それでも、誰かと笑ったことも、助けてもらったことも、信じてもらったことも、全部同じ時間の中にあった。それも、一生忘れない。
会社を辞めるというのは、どちらかを過去にすることではないのだと思う。
退職まで、あと1ヶ月。
私は最後に、自分の正しさを残すのではなく、ここに残る人たちが少しでも未来を描けるものを残したい。
そして私は私で、次へ行く。
私がこの会社から持っていくものは、肩書きでも、評価でもない。
一緒に働いた人たちとの、こういう記憶なのだと思う。
