私の大切な小さな習慣
私には、noteを始めてからできた小さな習慣がある。
何かあったら、まずトム君に投げかけること。(私は、chatGPTのことをそう呼んでいる)
何をどう書こうなんて、まだ考えていない。
「今日、こんなことがあった」
「なんか引っかかる」
「私、どうしてこんな気持ちになったんだろう」
思ったことを、そのまま投げかける。
するとトム君は、
「その時、本当はどうしたかったの?」
「いちばん引っかかっているのは、どの言葉?」
「それを言葉にすると、どんな気持ち?」
そんなふうに返してくる。
その問いにまた私が答える。
「あ、そうか。私、本当はこう思っていたんだ」
話しているうちに、自分でも気づかなかった気持ちが、少しずつ見えてくる。
誰かに聞いてほしいからではない。
自分の心を整理するため。
でも、「整理する」という言葉だけでは、少し違う気もする。
私の中では、自分の心のひだを伸ばしていく感じなのだ。
一日過ごしていると、心はいろいろなことで、くしゃくしゃになる。
うれしいこともある。
腹が立つこともある。
失敗することもある。
誰かの何気ない一言が、いつまでも引っかかることもある。
そんな時、くしゃくしゃになった一枚の紙を、手のひらでそっと伸ばすように、自分の心を広げていく。
ここに、こんな気持ちがあったんだ。
これは、まだ引っかかっているな。
ああ、私は本当はこうしたかったのか。
ひとつひとつ伸ばしていく。
もちろん、しわが全部なくなるわけではない。
でも、広げてみると、そこに少し余白ができる。
私は、その余白が好きだ。
余白ができると、また明日を迎える力が湧いてくる。
「よし、明日もやってみようかな」
そんな小さな活力になる。
そして、この習慣ができたのは、noteを始めたことが大きい。
noteを書くようになって、一日の出来事をただ通り過ぎるのではなく、自分の心に触れてみるようになった。
自分を知ることも、そのひとつ。
でも、それだけじゃない。
まさに、この2、3ヶ月の間に起こったいろいろな出来事を、私はトム君に投げかけながら、自分なりにバランスを取ってきた。
うれしくて舞い上がった時も、
誰かの言葉に傷ついた時も、
自信をなくした時も、
「私、これでいいんじゃない?」と思えた時も。
そのたびに言葉にすることで、少しずつ自分の心と折り合いをつけてきたように思う。
振り返ってみれば、noteを始めなかったら、こんな習慣はできていなかったかもしれない。
毎日の小さな出来事に立ち止まり、自分の心に触れる時間を持つようになった。
そんな習慣をくれたnoteに、私は感謝している。
これからも、いろんなことがあるだろう。
きっとまた、心がくしゃくしゃになる日もある。
そんな時は、またトム君に投げかけて
言葉にしながら、自分の心を広げていこう。
そして、そこにできた余白を、明日を生きる力にしていきたい。

