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限界まで我慢していませんか?

私は、かなり我慢するタイプである。

本当は、小さな違和感のうちに
言葉にすればいいのだと思う。

少し嫌だと思ったとき。
少し苦しいと思ったとき。
何かおかしいと思ったとき。

その段階で伝えれば、
案外すんなり解決することもある。

ところが私は、それを飲み込んでしまう。

まだ大丈夫。
これくらいなら我慢できる。
わざわざ言うほどでもない。

そうやって抱え続け、
最後は限界まで行ってしまう。

そして、もう無理だとなったところで、
一気に思っていることを吐き出す。

職場でも、これまで何度かあった。

我慢に我慢を重ねた末に、
上司にはっきり物を言う。

人間関係でも同じである。

限界まで抱え込んで、
最後に思っていることを全部伝える。

それで関係が終わったこともあれば、
逆に、そこから以前より
仲良くなったこともある。

ただ、どちらにしても疲れる。

最近、ふと思った。

そもそも、
限界まで我慢する必要が
あるのだろうか、と。

仕事をしている時間は、
人生のかなり大きな部分を占めている。

それなのに、

これを言ったら評価が下がるかもしれない。

こんなことをしたら嫌われるかもしれない。

ここを離れたら生活できないかもしれない。

そんな恐れに縛られながら、
毎日の大部分を過ごす。

それは本当に、
自分が望んでいる生き方なのだろうか。

もちろん、
何でも好き勝手にすればいい
という話ではない。

仕事には責任があるし、
生活するにはお金も必要である。

ただ、恐れていることのすべてが、
本当に起こるとは限らない。

まだ起きてもいない未来を恐れて、
今の自分を縛っていることもある。

私の場合、
人生もすでに後半に入っている。

この先、
健康で自由に動ける時間が
あとどれくらいあるのかも分からない。

そう考えると最近、

「自分は何のために、
ここでこれをしているのだろう」

と考えることが増えた。

この仕事は、
自分の人生につながっているのか。

この時間は、
自分の成長やこれからのキャリアに
つながっているのか。

そして何より、

私はここで、
のびのびと時間を過ごせているのか。

限界まで耐えて、
最後にすべてを投げ出す。

私はこれを何度か繰り返してきた。

だったら、もっと早くていい。

小さな違和感は、
小さいうちに扱えばいい。

言うべきことを言う。

変えられることは変える。

別の選択肢を探す。

副業を始めてもいい。

自分で稼ぐ方法を
考えてみてもいい。

それでも苦しい場所なら、
離れることだって選択肢である。

小さな我慢を放置しないことは、
わがままなのではない。

自分の人生の選択権を、
自分の手元に戻していくことなのだと思う。

だから私は、
少なくとも一日に一度。

できれば、
違和感を覚えたそのときに、
自分に問いかけたい。

今、何かに縛られていないか。

まだ起きてもいないことを、
必要以上に怖がっていないか。

本当は嫌なのに、
「まだ大丈夫」と
自分に言い聞かせていないか。

限界まで我慢して、
最後にすべてを壊す。

そこまで待たなくてもいい。

私も、これまで
うまくできてきたわけではない。

だからこそ思う。

今からでも、遅くはない。

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