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渡辺祐真「世界文学の大冒険」 連載第1回 歴史学はどのように変化してきたか(『文學界』2024年7月号)

☆mediopos3716(2025.1.21.)

渡辺祐真による連載「世界文学の大冒険」が
『文學界』2024年7月号から連載されている

現在第5回まで連載されていて
今後の流れが少しばかり見えてきたこともあり
随時とりあげていくことにしたい

個人的には世界文学どころか
日本文学さえほとんど読んでいない者として
また今後紹介されていく作品についても
限られた翻訳しか読むこともないだろう者としては
読者としてどんな「冒険」が可能かどうか心許ないが
少しでも「文学」という営為について
理解を広げ深めていくための導きとなればと思っている

そうすることでおそらく今じぶんの使っている
日本語における表現について
逆照射するかたちでなにがしかのものを
得られるのではないかと期待しながら・・・

今回はまずその第1回
「歴史学はどのように変化してきたか」をとりあげる

本連載の目的は「過去から現在に至るまでの
世界中の名作文学を次々と紹介」していくことだというが

そこでいう「世界文学」とは
あらゆる地域・言語における
「文字が生まれた数千年前から現在までの
幅広い時代を含」んでいる

その「様々な文学から重要と思われるものを選び出し、
解説や鑑賞を加え」ながら
「同時代にどのような文学作品があるのか、
またそうした同時代の作品にどのような影響を与えたのかなど、
作品それ時代を超えた特色にまで目配り」していくのだという

いうまでもなく渡辺祐真自身
それが「無謀な時空旅行」であることを前提としているのだが
それをどのような「旅路」にしようと考えているのかについて
第1回と次回の第2回で確認することから始めている

この第1回では「世界文学史」の話に先立ち
「世界史」自体の話から始まっている

まず現状として
「世界史に対する考え方が大きな変動を迎えている」
という背景が確認される

「歴史学はその端緒において、
国民国家を前提としたヨーロッパ中心史観だった」が
「ヨーロッパ以外にも目を向けるワールド・ヒストリー、
そして一国史を超えてより大きな視野か
ら歴史を捕らえるグローバル・ヒストリーへというように、
着実に変化してきている」

こうした歴史観の転換は歴史学以外
二〇二〇年から刊行された「世界哲学史」シリーズのように
特に哲学においても試みが始まっている

「西洋哲学」に偏っていたことが反省され
「より広い地平へと哲学を解き放つ」というのが狙いである

それは「比較哲学」と「哲学史」という
二つのアプローチによって「個々の思想を、より普遍的な
「世界哲学」へと昇華すること」が目指されている

こうした世界史や世界哲学における試みのように
「とりあげる国の偏りは極力排除し」
「文学作品相互の関係の考察や比較も」行いながら

そして「文学版ワールド・ヒストリー」をしつつ、
その上で可能な範囲で
「グローバル・ヒストリーのような世界文学史」を試みる
というのである

しかしその試みには
「取り上げる作品の選定基準」という
大きな問題が立ち塞がっているという

次回の第2回「世界文学史を編むことの困難」では
その問題についての考察となる

■渡辺祐真「世界文学の大冒険」
 連載第1回 歴史学はどのように変化してきたか
 (『文學界』2024年7月号)

・はじめに

*「過去から現在に至るまでの世界中の名作文学を次々と紹介していく、それがこの連載の主な目的だ。」

「この場合の「世界文学」とは文字通り、日本、ヨーロッパ、中国、東南アジア、アフリカ、アメリカ、アラブ、オセアニアといったあらゆる地域・言語を指し、そして文字が生まれた数千年前から現在までの幅広い時代を含んでいる。

 そうした様々な文学から重要と思われるものを選び出し、解説や鑑賞を加える。特に、同時代にどのような文学作品があるのか、またそうした同時代の作品にどのような影響を与えたのかなど、作品それ時代を超えた特色にまで目配りをしていきたいと思っている。」

*「なぜ世界文学史を記述するのは難しいのか。そもそもなぜ私がこのような無謀な時空旅行を企てたのか。どのような旅路を考えているのか。そもそも世界文学とは何か。今回と次回は、我々が歩もうとしている旅路を確認することから始めよう。

 まずは世界文学史の話に先立って、その背景となるべく世界史自体の話から始めさせてほしい。世界文学史はあくまで世界史の中に含まれているからだ。」

・新しい世界史

*「世界史に対する考え方が大きな変動を迎えていることをご存じだろうか?」

・歴史学における変化
 ————ワールド・ヒストリーとグローバル・ヒストリー

*「一九九〇年ごろからグローバル化の時代に突入すると、歴史学も一国単位での眼差しだけでは通用しなくなってくるし、一国単位の歴史では溢れてしまうものがあることに皆が気づき始める。

 そこで、近年はそれを乗り越えるために、新たな歴史の枠組が生まれつつある。それが「グローバル・ヒストリー」と呼ばれる歴史学だ。歴史学者の水島司は、二〇一〇年に刊行された『グローバル・ヒストリー入門』(山川出版社)の中で、この新しい歴史学について「潮流が、今、大きく高まりつつある」とし、その特徴として「あつかう時間の長さ」「テーマの幅広さ、空間の広さ」「ヨーロッパ世界の相対化」「異なる諸地域間の相互連関、相互の影響を重視」「これまで扱われてこなかったテーマの採用」を挙げている。

 このようなポイントを重視しながら、これまでのような一国単位の歴史を乗り越えて、新たな世界史を目指そうとしているのが現在の歴史学なのである。」

「歴史学はその端緒において、国民国家を前提としたヨーロッパ中心史観だった。だがヨーロッパ以外にも目を向けるワールド・ヒストリー、そして一国史を超えてより大きな視野から歴史を捕らえるグローバル・ヒストリーへというように、着実に変化してきているのである。」

・世界哲学(史)の場合

*「こうした歴史観の転換は、もちろん歴史学以外にも波及している。特に近年印象的なのは哲学だ。

 二〇二〇年から刊行された「世界哲学史」(ちくま新書)というシリーズがある。アメリカ哲学。西洋中世哲学、中国哲学、西洋古代哲学の専門家が中心となって編まれた哲学史にまつわる書籍である。」

「その狙いはこうだ。これまでは哲学という知的営為が「西洋哲学」に偏っていたことを反省し、より広い地平へと哲学を解き放つこと。」

「西洋哲学一辺倒だった状況を乗り越えるために「世界哲学」という新たな哲学を提唱しているのである。」

「最初から「世界哲学」という大きな視座に立つのではなく、これまでのように個々の哲学に目を向ける必要があるという。但し、そこで西洋に偏っては元も子もない。様々な地域(特に非欧米圏)の哲学を学ぶことに意義がある。

 それを踏まえて、いよいよ世界哲学のフェーズに入る。そこでは具体的に「比較哲学」と「哲学史」という二つのアプローチが求められる。

 まず「比較哲学」は、異なる二つ以上の哲学を対照することで、それらの共通点や差異、更に影響関係などを検討する方法だ。次に「哲学史」は、個々の哲学を歴史という相の下で検討することを指す。

 これら二つのアプローチを通して、個々の思想を、より普遍的な「世界哲学」へと昇華することを目指す。それこそが世界哲学という学問だという。」

・本連載の世界文学史に向けて

*「これまでの文学史と言えば、基本的にはイギリス文学史、ロシア文学史のような各国別の文学史がほとんどだったし、扱われる地域も欧米圏や中国など著しい偏りがあった。

 だが、世界史や世界哲学が地域の偏りをなくしていったように、本連載でもとりあげる国の偏りは極力排除してきたい。」

「その上で、グローバル・ヒストリーや比較哲学、世界哲学史が試みたように、文学作品相互の関係の考察や比較も試みたい。たとえば、ある文学作品の同時代や後世への影響。ホメロスの作品がその後ウェルギリウス、ダンテなどによって引き継がれたことはよく知られているし、『千夜一夜物語』が欧米圏や日本文学に与えた影響は計り知れないし、フォークナーの作品群がなければ、大江健三郎や中上健次は全く違った作家になっていたかもしれない。

 あるいは、同じテーマや同じ時代で、異なる文学作品を比較してみること。飲酒というテーマで、陶淵明やアブー・ヌワース、若山牧水といった詩人(歌人)たちが詩や歌を詠んでいるが。それらの作品を並べるとなにが見えてくるのか。「文学版ワールド・ヒストリー(世界中の様々な文学作品を紹介する)」をしつつ、その上で可能な範囲で「グローバル・ヒストリーのような世界文学史(異なる文学作品を比較して、何らかの考察を加える)」をやってみたい。それが本連載の根幹にある。」

*「ところが、ここで大きな問題が立ち塞がる。文学版ワールド・ヒストリーとして取り上げる作品の選定基準である。

 実はこれこそが「世界文学史」と呼ばれる営みを阻んできた最大の要因の一つであり。今回の連載の肝だ。そこで次回は、これまでの「世界文学史」にまつわる営み。「世界文学論」などを紐解くことで、この問題を正面から考えてみたい。そして、本稿における「世界文学史」の取捨選択のスタンスを述べたいと思う。」

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