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不知の自覚と間違いを認めること

☆photopos-4388(2026.9.15)

無知の知とは
じぶんが知らないことを
知っているということだといわれる

知ったかぶりというのも
それとはんぶんだけ似ている

少なくとも
じぶんが知らないことは
知っていているからだ

ソクラテスが唱えたのは
無知の知ではなく
不知の自覚
じぶんには知恵がないことを
悟るということのようだが

知ったかぶりも
じぶんには知恵がないことは
知っているのだけれど
そう思われたくないからで
別に悟っているわけではない

知るということはむずかしい
じぶんがなにを知らないかは
闇のなかにいると
光に照らされたところしか見えないように
それ以外のところに
なにがあるのかわからないからだ

ところで
不知の自覚だが
それは間違いを認めることと近しい

そこには
不完全なじぶんを認め
それを受けいれるじぶんがいる

自我というのはやっかいで
そんなじぶんを認めると
せかいの終わりのようにさえなるために
そんなじぶんを閉じこめてしまいがちだ

閉じこめられた
もうひとりのじぶんを
どうすれば解放できるのか

だれにでもできそうなことが
できないのが自我のようで
まっすぐな道さえ
出口のない迷路にしてしまう

※愛媛県・小田深山渓谷にて

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