子育てで「やればできるのに」が、いちばん苦しい。
私はゴールから逆算して動くタイプです。
子育てにおいても、
子どもに声をかけます。
予定を調整します。
できる限りの環境を整えます。
「あと本人がやるだけ」というところまで持っていこうとします。
なのに、当の本人が動きません。
そうすると、こちらがあれこれ考えて、動いて、調整してきたことなんて、まるで最初からなかったかのように消えていきます。
もちろん、結果にも結びつきません。
イライラします。
そして、ものすごく虚しくなります。
期待しなければいいのかもしれませんが、「やればできる」ことを私は知っています。
すごいことを望んでいるわけでもありません。
だからこそ、余計に疲れます。
例えば、子どもの試験勉強です。
明らかに勉強が間に合っていません。
朝早く起きるわけでもありません。
お風呂上がりもゆっくりしています。
それなのに、試験直前になって、
「習い事を休んで、勉強時間にあてたい」
と言います。
でも、土日に予定があることは、ずっと前から決まっていました。
だから、その前にやっておけばいい。
事前に勉強するようにも言ってきました。
本人も「やる」と言っていました。
それなのに、やっていません。
さて、こういうとき、親はどうするのがいいのでしょう。
習い事を休ませて、勉強時間を確保するのか。
それとも、習い事は休まずに、1日の中で使える時間を探して、工夫して勉強するようにさせるのか。
わかりません。
ギリギリになって、今までのツケが回ってきた。
そのときに何かをキャンセルして時間を確保することは、個人的には、少し「逃げ」のような気がしています。
もちろん、試験の結果だけを見れば、勉強時間を増やしたほうがいいのかもしれません。
でも、私が身につけてほしいのは、目の前の試験を乗り切ることだけではありません。
予定がある。やるべきことがある。
その中で、自分が使える時間を見つける。
優先順位をつける。
必要なら少し早起きする。
だらだらしている時間を短くする。
そうやって、自分で時間を作っていくこと。
その力を身につけてほしいと思っています。
でも、周りがいくら言っても、人は自分の気持ちが動かなければ動きません。
正論を言えば動くわけでもありません。
環境を整えれば動くわけでもありません。
周りがどれだけ頑張っても、最後の一歩を踏み出すのは本人です。
頭ではわかっています。
それでも、目の前で動かない姿を見ると、
「どうしてやらないの」
「やればできるのに」
と思ってしまいます。
イライラします。
忍耐力が試されます。
手を出しすぎてもいけないし、放っておくこともできません。
失敗したときに本人がどうするかを見守ることのほうが、大切だと分かってはいます。
でも、失敗から学ぶ姿も見えません。
下の子は訪問リハビリを受けています。
せっかく部屋を片付けて、いざ言語聴覚士さんを迎えたのに、本人は多動MAXで着席する気配は全く無し。
無理矢理やっても仕方がないということで、その日は私の困り事を共有する日になりました。
朝から計画的に動いて準備したのに。
「やればできるのに」
私の中の何かが削られていきます。
今日はカフェに逃げてきました。
noteを開いて、とりあえず今の気持ちを書き出しています。
振り返ると、仕事でも同じ気持ちになったことがありました。
こういう時は、私が成長する機会なのかもしれません。
こうやって悩むことも、私に必要な時間なのだと思います。
それでも、子育てをしていて、
「やればできるのに」が、いちばん苦しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
