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母の感情

私の母は感情のコントロールができない人だった。

喜怒哀楽。
母は常に「怒」の感情を纏っていた。
「喜」や「楽」になる時もあるけれど
私に見せる感情は「怒」が圧倒的だった。

いつも、母の機嫌を取り
母の言うことを聞いて怒られる。
何をするにも怒鳴られ
私は自分が行動することに自信がなくなっていった。

今、振り返ると母は
どうすれば私が最高に傷付くかを考えていたのだと思う。
その為に私を怒鳴り、痛めつける。
どれだけ泣いて、やめてと言ってもやめてはくれなかった。

母は父に「哀」
弟には「愛」を持って接していた。

父は私が幼い頃から入退院を繰り返す
身体が丈夫ではない人だった。

父が入院する度に
母は病院に寝泊まりしていた。
母がいない間は祖母が面倒を見に来てくれていた。

祖母のことは好きでも嫌いでもなかったけれど
この期間、私は母の「怒」から解放される。
その時だけが唯一、子供らしくいられた時だったかもしれない。

1人で過ごせる時間が私にはかけがえのないものだった。

5歳下の弟は母から愛されていた。
私がそれを感じたのは
弟が生まれてから一気に怒られる頻度が減ったから。

もちろん毎日怒られるし、痛めつけられるけれど
その時間は短くなっていた。
その代わりに私は弟の面倒を見る役割になった。
役割を果たしている間は許された。

けれども、愛情を受けて育った弟は我儘だ。
私が言えば怒鳴られることを平気で私に求める。
いつしか、弟が泣く=私が怒られるという構図になっていた。

弟が泣くのを私は恐れた。
何もかも受け入れなければならない。
不満だった。
なぜ、そんなにも我儘になれるのか私には理解できなかった。

今年、初詣に行った時
年配の女性が転んだところに居合わせた私は
一瞬、どきっとした。
次の瞬間、泣き叫ぶのではないかと思った。

その女性は幸いにも軽症で済んだけれど
私は弟に重ねていたのだと後になって気付いた。

ぞわっとした。
もう、家族と連絡を取らなくなって随分経つのに
私の奥底にはいつまでも解放されない小さな私がいる。

ずっと昔に置いてきたはずの感情が
私を揺らす。



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綿瀬 望 Watase Nozomi これからの制作や執筆、活動をそっと見守って頂けたら嬉しいです。 スキ♡のみでも、とても励みになります🍀