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信頼できる人に相談するって、贅沢

若いころ読んだ自己啓発書って、結構頭にこびりついているものです。

出典も、もう分からないのですが、
相談についてこんなふうに書いてありました。

相談と言いながら、自分の中で、結論はすでに出ているはず。

人に聞いてもらっても、その人の時間もあなたの時間ももったいない。

答えは、あなたの中にすでにあるから。

確か、こんな感じでした。

20代のわたしは、

なるほど〜
なんでも聞いてもらったらダメよね。
時間を奪ったら悪いもんね。
ごめん、ごめん!

そう、素直に感じました。


それからは、

ちゃんと考えよう。
もう答えはわたしの中にあるんだから。

そうやって、なるべく自分で答えまで行けるように考えてきました。

どうしよう…

迷うたびに、あの言葉が浮かびます。

だけど、なぜだろう。

人から相談を受けたときには、
人との距離が縮まりました。


「そうやって悩んでたんだね、教えてくれてありがとうね」

そんな気持ちが湧いてきました。

わたしを選んで声をかけてくれたことが嬉しくなりました。


あれ?

「時間を奪われた」
とか思わんなぁ。

違和感がありました。


少し前、本当に小さなことだけど、あることについて同僚に「相談」してみたんです。

AかBか。

「Aにしようかと思っている」
そう伝えました。

すると、「いいと思いますよ」
と返してくれました。

わたしは、きっとそう言うだろうなと、予想していたんです。


Bを選んでもたぶん、
「いいと思いますよ」
って言ってくれていたような気がしています。

結局、どちらでも正解だから。


その人の選んだ道は、どちらにいっても間違いじゃない。

どっちに行っても、良いところと悪いところが、きっとある。

そんなふうに感じています。

それでも、わたしは、打ち明けた時の、彼女の様子を見てみたかった。

いつも、目を合わせて話を聞いてくれる彼女。

その目線はどんなふうに動くのか。

表情は?

仕草は?

そのとき、わたしが見てみたかったのは、
彼女のまとっている空気感とか、声色とか。

その時の温度だったかもしれません。


そして、聞きたかったのは、
「彼女の中にある答え」
ではなく。

なんと言うか、彼女の言葉によって引き出された自分というか。

結局、彼女を通じて、
自分を見てみたかったのかもしれません。

若いころ読んだ自己啓発書は、
自分の中に答えはあるから、人に聞かず自分で考えるように
そう教えてくれました。

だから考えられるようになった。


それでも、自分の中にある答えを、
信頼できる人との会話の中で見つけていけるって、
なんだかすごく満たされました。

最後に出した答えは変わらなかったかもしれません。

けれど、なんだか相談できたことが嬉しかった。

一緒に考えてくれたことが贅沢で幸せでした。


相談って。

もっと、気楽に力を抜いても
よかったんだなぁ。

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のぞみん|揺れる乙女、45歳 いただいたチップは、創作活動に使わせていただいております。 その活動をまたnoteにも還元しています。 いつも温かい応援をありがとうございます🤗

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