4000万円の「推し活マンション」と、スーパーで働く高齢者――人生100年時代の老後を考える【n+マーケット】

先日、日経の記事で、元気な高齢者向けの住宅が増えているという話を読みました。
東京都稲城市では、読売ジャイアンツの2軍球場に隣接し、部屋から練習や試合を見ることができるシニア向けマンションまで登場しています。
1LDKで約4000万円から。
野球を楽しみ、同じ趣味を持つ人たちと交流しながら老後を過ごす。
旅行をしたり、運動したり、趣味を楽しんだり。
人生100年時代だからこそ、こうした「元気な高齢者」を対象にした住宅市場が広がっているのでしょう。
確かに、素晴らしいことだと思います。
ただ、この記事を読みながら、私は普段自分の街で見ている高齢者の姿を思い出しました。
夕方4時になると増える車
私の住んでいる街では、ある時間になると送迎車が一気に増えます。
夕方4時前後です。
デイサービスの送迎車です。
足湯を売りにする施設。
リハビリ中心の施設。
入浴サービス。
運動型。
食事付き。
本当にいろいろな施設があります。
住宅街を走っていると、
「コンビニよりデイサービスの方が多いのではないか」
と思うほどです。
昔、高齢者の集まりというと、公園でゲートボールをしている姿をよく見ました。
最近は、たまに見かける程度になったような気がします。
その代わりに、毎日のように見るようになったのが、
働く高齢者です。
道路の交通整理。
工事現場。
駐輪場。
清掃。
スーパーの品出し。
レジ。
街のいろいろな場所で、高齢者が普通に働いています。
スーパーで見た一人のおばあちゃん
先日、近所のイオンへ行った時のことです。
試食コーナーで、小柄で腰がかなり曲がった高齢の女性が、お客さんにブドウを配っていました。
私は正直、驚きました。
「こんなに腰が曲がっていて、ずっと立っていて足は大丈夫なのだろうか」
そして、
「よくこの方を働き手として受け入れたな」
とも思いました。
もちろん、その方がイオンの直接雇用なのか、試食販売を請け負う別の会社のスタッフなのかは分かりません。
それでも、高齢だからという理由だけで仕事から外すのではなく、本人が働けるなら仕事を任せる。
そう考えると、今の社会は昔よりも柔軟になっている部分もあるのだと思います。
しかし同時に、別のことも考えました。
この方は、
働きたいから働いているのだろうか。
それとも、
働かなければ生活できないから働いているのだろうか。
それは外から見ただけでは分かりません。
健康のために働く人もいるでしょう。
人と接することが好きな人もいるでしょう。
家にいるより仕事をしていたい人もいます。
しかし、生活のために70代、80代になっても働かなければならない人もいるはずです。
同じ「アクティブシニア」なのだろうか
今回の記事に出てくるのは、
数千万円のシニアマンションを購入し、
趣味を楽しみ、
旅行を楽しみ、
健康に気を使いながら暮らす人たちです。
一方で街には、
スーパーで立ち仕事をする高齢者がいる。
道路で交通整理をしている高齢者がいる。
デイサービスの送迎車で自宅へ帰る高齢者がいる。
同じ「高齢者」という言葉で括られていても、老後の姿は大きく違います。
私は、高齢者を単純に
「資産を持つ巨大な消費市場」
として見ることには少し違和感があります。
もちろん、お金を持っている高齢者はいます。
高級シニアマンションを買える人もいる。
しかし、そうではない高齢者も非常に多い。
人生100年時代という言葉の裏側には、
100歳まで生活費が必要になる
という現実もあります。
私自身、老人ホームには入りたくない
私自身のことを考えてみても、できれば老人ホームには入りたくありません。
一番の理由は、集団行動があまり好きではないからです。
できるだけ自分の家で、
自分の時間で、
自分の好きなように生活したい。
料理ができるうちは料理をする。
買い物に行けるうちは自分で行く。
歩けるうちは歩く。
そうやって自分で生活したい。
もちろん、年齢を重ねれば、いつか誰かの助けが必要になります。
昔なら、
「子どもに面倒を見てもらう」
という考えもあったでしょう。
私自身も、できれば子どもたちに多少は甘えたいと思います。
でも、子どもには子どもの人生があります。
家庭があります。
仕事があります。
自分の介護のために、子どもの人生まで変えてしまうわけにはいきません。
だからこそ、高齢者自身も、
自分で生きていく力をできるだけ長く持つこと。
そして同時に、
必要になった時には人に頼る力を持つこと。
この両方が必要なのだと思います。
デイサービスは「家で暮らす」ための仕組み
そう考えると、毎日街を走っているデイサービスの送迎車の見え方も変わります。
老人ホームに入るのではなく、
自宅で暮らし続ける。
でも週に何回かデイサービスへ行く。
必要なら食事を届けてもらう。
掃除を手伝ってもらう。
病院へ送迎してもらう。
見守りサービスを利用する。
自分でできることは自分でする。
できなくなった部分だけ誰かに助けてもらう。
私は、これから最も増えていく老後の形は、
「完全自立」でも「完全介護」でもない、半分自立・半分支援
なのではないかと思っています。
私が送りたい老後
では、自分はどんな老後を送りたいのか。
もちろん健康でいたい。
家族と幸せに暮らしたい。
それが一番です。
ただ、もう一つ、私には続けたいことがあります。
今のように記事を読むこと。
自分で考えること。
そして文章を書くこと。
マーケットを見ること。
株価がなぜ動いたのか。
金利はどうなったのか。
為替はなぜ動いたのか。
世界で何が起きているのか。
お金はどこへ流れているのか。
政治、企業、AI、エネルギー、戦争、技術。
世界は毎日変わります。
その変化を見ながら、
「今日はこんなことが起きたのか」
「なぜこうなったのだろう」
と考える。
そしてまた文章を書く。
私はこれを、80歳になっても90歳になっても続けていたい。
朝起きてパソコンを開き、
ニュースを読み、
マーケットを眺め、
自分なりに考えて文章を書く。
そして家族と食事をする。
たまには旅行へ行く。
そんな普通の毎日を、できるだけ長く続けたい。
それが私の老後の夢です。
老後の豊かさとは何だろう
4000万円のマンションで巨人を応援する老後もある。
スーパーで働き続ける老後もある。
自宅で暮らしながらデイサービスを利用する老後もある。
同じ日本で、いろいろな老後があります。
だから老後の豊かさを、資産の額だけでは測れないと思います。
もちろんお金は必要です。
健康も必要です。
住む場所も必要です。
しかし、それと同じくらい大切なのが、
明日もやりたいことがあること。
明日も知りたいことがあること。
明日も考えたいことがあること。
なのではないでしょうか。
人生100年時代。
私が一番失いたくないのは、
世の中への興味です。
年を取っても、
「今日のマーケットは面白いな」
「世界ではこんなことが起きているのか」
と思える自分でいたい。
そして自分の言葉で、それを書き続けたい。
高級な老人ホームに入ることでも、
高級なシニアマンションを買うことでもない。
今と同じように健康で、家族と幸せに暮らし、世の中に興味を持ち続ける。
それができることこそ、
私にとって一番豊かな老後なのだと思います。
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