『何の専門家になるか』を考えるのをやめた
「あなたの強みは何ですか?」
と聞かれると、私は言葉に詰まってしまう。
強み、つよみ、ツヨミ……
これまで秘書、プロジェクト管理、事業部運営など、いろんな仕事をしてきた。
今の仕事では、経理も労務も広報もやっている。
いろいろやってはいるけれど、「これが私の専門です」と言えるものはない。
だからなんとなく、何かひとつ専門性を身につけた方がいいんだろうな。だけどそれができていない自分は、中途半端だなという感覚があった。
最近ヘルニアのため、休日は家で横になっている時間が増えた。
せっかく時間があるので、ChatGPTを使って自分の強みについて考えてみることにした。
---
前職などのこれまでの仕事を振り返ってみると、仕事内容も職場もバラバラなのに、どうも私は同じようなところで「気になる」が発動しているらしい。
「この資料、わかりにくっ」
「このやり方、面倒だなー」
「もっといいやり方ありそうだけどなー」
そして一度気になると、そのままにしておけない。
あー変えたい。
変えよう。
変えてもいいですか?
となる。
そしてここから、私の質問責めタイムが始まる。笑
何のためにこれをやっているのか。
こうしなきゃいけない理由が、過去に何かあったのか。
他の業務とのつながりは?
ここを変えたら、どんな影響がある?
何かを変えるとき、その仕事の目的や、今こうなっている経緯を知らないまま変えるのは怖い。
だから、とりあえず聞く。
業務を引き継いだとき、「ここ、ちょっと複雑だな」と思うこともある。
もちろん、今の形になっているのには何か理由があるのかもしれない。
でも、これからもこのやり方を続ける理由が、「今までこうやってきたので」だけだったら、それは私にとってあまり理由にならない。
振り返ってみると、私が何かを改善するときの動機は、案外自分勝手なものだったなと思う。
「みんなのために、もっと良くしよう!」という美しい話ではない。笑
自分が納得できないことを続けていると、だんだんモチベーションが下がるから。
どうせやらなきゃいけないなら、少しでも楽にやりたいから。
ミスしたくないから。
始まりは、だいたいそんな感じ笑
でも、自分が納得できるように変えたものが、結果的に誰かにとっても使いやすくなったり、ミスを防いだり、負担を減らしたりしていた。
この一連の流れが、自分にとっては当たり前のことだった。
だけど、今まで当たり前だったことに対して「変えていいですか」と声を上げること。
そして、自分が少しでも気持ちよく仕事できる状態にしようとすること。
それも私の強みなのかもしれない。
そして、もうひとつ気づいたことがあって。
私はずっと、何かひとつの専門性を極めた方がいいと思っていた。
肩書きのある「何者か」になりたかった。
でも、よく考えたら、私はあれもこれもかじりたい人なのである。
経理も知りたい。
労務も知りたい。
広報も知りたい。
人や組織のことも知りたい。
おそらくこれから新しい分野に出会ったら、それも知りたくなる。
ひとつのことを極めるより、いろんな分野で知らないことを少しずつ知っていく方が楽しいし、性に合っている。
だったら、何かの専門家にならなくてもいいのかもしれない。
それぞれの分野について、専門家と話ができるくらいまでの知識をつける。
ある程度のところまでは自分で考えて判断して「ここから先は専門家の領域だな」と思ったら、その人につなぐ。
複数の分野で、そういうことができるようになりたいんだな、と気づいた。
「何の専門家になろう」と考えていたけれど、どうやら目指すところはそこじゃなかったらしい。
自分では当たり前すぎて気づかなかった強みを振り返ってみたら、自分がこれから目指したいものまで、少し見えた気がした。
