AIはどこへ向かうのか 前編|2040年から逆算する――孫正義氏が描く「ASI Economy」
2026年7月14日に開催された「SoftBank World 2026」で、孫正義氏が2040年のAI社会について講演しました。
100兆個のAIエージェント、10億台のヒューマノイド、世界GDPの約20%をAI関連経済が占めるという話で、数字だけを見ると、いかにも孫さんらしい大きな未来予測に見えます。
私も最初はそんなふうに受け取っていました。
ただ、講演を改めて聞き、ソフトバンクグループが公表している資料もあわせて見てみると、少し印象が変わってきました。
これは「2040年にはこんな世界になっているかもしれない」という予測だけではなく、ソフトバンクグループ自身が、その世界をある程度前提にしながら、これからの投資や事業を考えようとしている話なのではないか。
そう考えると、講演の重みがかなり違って見えてきます。
「未来予測」というより、経営の前提を置く
孫さんは講演の冒頭で、経営トップにとって重要なのは「ビジョン」と「戦略」だと話しています。
ただ、「たくさん」「すごく」といった曖昧な言葉では戦略に落とし込めないので、期限と数字を持って未来像を描く必要がある。その期限として置かれたのが2040年でした。
この出発点は、今回の講演を見るうえでかなり大事だと思います。
孫さんは未来を当てにいっているというより、経営判断をするために未来を具体化しようとしている。
2040年に世界のGDPのどれくらいをAIが担うのか。AIエージェントはどの程度存在するのか。ロボットは何台くらい動いているのか。そのために、どれだけの半導体やデータセンター、電力が必要になるのか。
もちろん、ここで置かれた数字がそのまま当たるとは限りません。
ただ、ある程度具体的な数字を置かないと、「では今、何を始めるべきか」が見えてこない。その意味では、未来予測というよりバックキャスティングに近い考え方なのだと思います。
世界GDPの20%をAIが担う
孫さんが描く2040年の「ASI Economy」では、世界GDPの約20%、金額にして年間約7,000兆円をAI関連経済が占めるとしています。さらに利益率が50%近くになると仮定すれば、年間約3,500兆円の利益が生まれるという見立てです。
ここまで先のGDPや利益率を精密に予測することは難しいでしょうし、数字そのものにはかなり大胆な仮定も入っています。
ただ、孫さんの論理は比較的分かりやすい。
インターネット革命では、広告やECなど、比較的限られた領域から巨大企業が生まれました。一方、AIはホワイトカラーの仕事だけでなく、研究開発、医療、製造、物流、移動など、かなり広い領域に入り込む可能性があります。
そう考えれば、AIがインターネット以上の経済規模を持つという見方にも、それなりの筋はあります。
私がここで気になったのは、「AIが一つの新しい産業になる」という話ではなさそうだということです。
AIがさまざまな産業の中に入り込み、経済活動そのものを担う主体になっていく。孫さんの言うASI Economyは、たぶんこちらのイメージに近いのだと思います。
100兆個のAIエージェント
その経済を動かすものとして孫さんが想定しているのが、100兆個のAIエージェントです。
今の生成AIは、人間が質問をしてAIが答える使い方が中心です。
ただ、AIエージェントになると、目的だけを渡せば、自分で必要な作業を考え、情報を集め、ほかのAIやシステムともやり取りしながら仕事を進めるようになります。
ソフトバンクグループの2026年のアニュアルレポートでも、AIは「自ら考え、自ら行動を起こすAIエージェント」へ進化しているという認識が示されています。
ここまで来ると、AIは人間が使うソフトウェアというより、経済活動に参加する主体に近づいていきます。
企業側にもAIエージェントがいて、顧客側にもAIエージェントがいる。エージェント同士が情報を集め、比較し、判断し、取引まで進める。
100兆個という数字には、そういう世界観が入っているのだと思います。
AIが「身体」を持つ
さらに、AIはデジタル空間だけにとどまりません。
孫さんは2040年に10億台のヒューマノイドが稼働する世界も想定しています。
AIがロボットという身体を持てば、工場や物流、建設、介護、サービスなど、物理的な仕事にも直接入ってきます。
生成AI、AIエージェント、フィジカルAIという流れをこうして並べてみると、話が一本につながります。
文章を作るAIから、自分で考えて動くAIへ。その先に、現実世界で実際に行動するAIがある。
孫さんが描く2040年は、単にChatGPTの性能が今より大幅に上がった世界ではなく、知能と行動能力を持ったAIが社会のあちこちで普通に動いている世界なのだと思います。
だから半導体、データセンター、電力が必要になる
100兆個のAIエージェントが動くのであれば、それを支える巨大な計算資源が必要になります。
半導体、データセンター、ネットワーク、電力。
ソフトバンクグループがAIを単なるアプリケーションの話として見ていない理由も、このあたりにあります。
同社の2026年のアニュアルレポートでは、「ASIの4つの重点領域を制し、世界No.1プラットフォーマーへ」という方向性が明確に打ち出されています。孫さん自身も、これから10~15年をかけてASIを実現し、世界一のASIプラットフォーマーを目指すとしています。
このあたりを見ると、SoftBank Worldで語られた2040年像と、ソフトバンクグループの経営戦略はかなり強くつながっています。
私はここが、この講演で一番気になったところでした。
「予測する側」ではなく「つくる側」
一般的な未来予測であれば、2040年にAIがどうなっているかを当てることが目的になります。
ただ、ソフトバンクグループは予測だけをする立場ではありません。
Armをはじめとする半導体、AIインフラ、データセンター、ロボティクスなどに、実際に大きな資本を動かす側です。
そう考えると、孫さんが2040年をこう描くことには二つの意味があります。
一つは、「2040年はこうなっているだろう」という予測で、もう一つは、「そうなると考えるから、今からそこに投資する」という意思決定です。
未来を予測している人が、その予測を前提に実際に資本を動かしていく。
ここまで含めて見ると、今回の講演が単なる未来談義ではないことが分かります。
もちろん、2040年に本当に100兆個のAIエージェントが動いているかどうかは分かりませんし、10億台のヒューマノイドが存在するかどうかも分かりません。
ただ孫さんにとっては、数字が多少外れることより、目標地点を置かないまま経営することの方が問題なのだろうと思います。
2040年から見ると、2026年はまだ入口なのかもしれない
私たちは今、生成AIの進歩を日々追いかけています。
新しいモデルが出るたびに性能が上がり、AIエージェントが普及し始め、ロボティクスとの融合も進んでいます。
それでも、2040年から逆算して見ると、2026年はまだかなり初期段階に見えるのかもしれません。
孫さんはインターネット革命について、最初の20年でほぼ勝負が決まったと振り返っています。そしてAI革命も、すでに始まって数年が経過したという認識です。
この時間感覚は、企業経営を考えるうえでも結構重要だと思います。
AIが十分に成熟してから対応する、という考え方では遅い可能性がある。
データセンターも電力設備も短期間ではつくれませんし、企業の基幹システムや組織、人材の変革にも時間がかかります。
2040年を本気で一つの目標地点として置くのであれば、15年という期間は意外と長くない。
孫さんは、そういう時間感覚で今を見ているのだと思います。
ただ、この世界にはもう一つの顔がある
ここまでが、SoftBank World 2026の講演を私なりに読み直してみたときの理解です。
AIが自律的に考え、AI同士がやり取りし、さらにロボットという身体を持つようになる。その結果として大きな経済価値が生まれると考え、その世界から逆算して今からインフラや事業を準備していく。
こう整理すると、孫さんの2040年論にはかなり一貫性があります。
ただ、講演を仕事から少し離れて読み直していると、別のことも気になりました。
自律して判断し、自律して行動するAIを、人間はどこまでコントロールできるのか、という問題です。
「Autonomous」は、企業や産業の世界では生産性や省人化につながる魅力的な言葉ですが、安全保障の世界に持っていくと「自律型兵器」という全く違う意味を持ち始めます。
しかもAI、ドローン、ロボティクス、半導体といった技術は、民生と軍事をきれいに分けられるものではありません。
孫さんが描く2040年が現実味を持つほど、「どこまで自律させるのか」という問題も大きくなってくる。
2040年に向けて必要なのは、AIを動かすための半導体やデータセンターだけではないのかもしれません。
自律化する技術を、どこまで人間の統制下に置くのか。そのための「羅針盤」も、同じくらい早い段階から考えておいた方がよさそうです。
次回は、孫さんの2040年論を少し違う角度から、デュアルユース技術と「Human over the Loop」という考え方を手掛かりに見てみます。

