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父と私と、ホットケーキ

私は、ホットケーキを食べると、胸がぎゅーっと苦しくなって、泣きたくなる。
それは、子どもの頃に父とふたりで行った喫茶店で、父がホットケーキを食べていた姿を思い出すからだ。


黄金色に焼けた二段重ねのホットケーキを、無邪気な笑顔で頬張る父。
その姿を見るたび、どうしようもなく切なくて、涙が出そうになっていた。



物心ついた頃から、父は、ほとんど家にいなかった。
旧国鉄に勤め、家庭よりも職場を大切にする人だった。

最近、母から聞いた言葉。
「あんたたちを(私と弟ふたり)どこにも連れて行ってあげられなかった。お父さんが、家にいなかったから。
近所の人が、家族旅行するのを見ててさ、うらやましかった」と。


長女の私は、父不在の家庭で、母を支える役割を与えられ、
小さい頃から、大人のようなふるまいを求められた。
私も、早く大人になって、
こんな家、早く出て行ってやる!と思っていた。

なので、父との思い出を聞かれても、とっさに思いつかない。

父との思い出にろくなものはない。
忙しい人だったのに、私にだけは異常なほど厳しかった。
赤土のテニスコートで、父から叩き込まれる軟式テニスに、何度泣き崩れたかわからない。
汗と泥にまみれながら、私は父の鬼のような形相を見ていた。

自宅に客人が集まる大宴会の日、私が温めすぎた日本酒のお燗でお客さんが火傷しそうになったとき、父は私を激しく怒鳴りつけた。
「客人に失礼なことを!」
その声とともに、すぐ横を灰皿が飛んでいった。

そんな父の記憶ばかりが、私の中に残っている。



しかし、
父とホットケーキの記憶だけは、
切なくて、優しい思い出として残っている。

父に連れられて、街中にある喫茶店に連れて行ってもらった。
私と父、ふたりだけで。

父と二人きりで、出かけることなんて、滅多にないので、
私は、ひどく緊張していた。

「好きなものを頼みなさい」
父に促されて、私は、小さな声で「メロンソーダ」と言った。

お父さんは何を頼むんだろう?とドキドキしていたら、

「ホットケーキ」と父は言った。

小学生の私。
北海道の超ド田舎の喫茶店で、
大人がホットケーキを食べるなんて、見たことも、聞いたこともない!
しかも、いっつも怒って、怒鳴ってばっかりいる、お父さんが、
ホットケーキなんて、どう考えても、釣り合わない。
驚きと不安と、困惑で、いっぱいだった。

そして、ホットケーキが運ばれてきた。

黄金色に焼かれた2段重ねのホットケーキ。
上には、バターが乗っかっていて、今にも滑り落ちそうになっている。

可愛らしい、その姿は、どう見ても、子どもの食べもの。
なぜだか、知らないけれど、当時の私は、そう思ったのだ。

自分のクリームソーダ、そっちのけで、
父がどんな風に、ホットケーキを食べるのかが、気になって仕方ない。
私の視線は、父とホットケーキに釘付けだ。

ホットケーキが運ばれていた時の父の顔は、
「うわぁー、美味しそう」と声にはならない満面の笑顔。

ホットケーキを、うれしそうに頬張る父をみて、
私は泣きたくなった。

いつも怒ってばかりいる、厳しいお父さんが、無邪気な笑顔でホットケーキを頬張る姿は、あまりにもギャップが大きすぎた。
怒鳴り散らし、時に灰皿を投げるような父が、まるで子どものように目を輝かせている。
その姿を見て、私は戸惑った。
そして、胸が締めつけられる思いがした。


娘が、そんな気持ちでいるなんて、全く知らない父。

ホットケーキを食べ終えた父の顔は、さっきの歓喜の表情とは違っていた。

ぼーっと一点を見つめ、
少し疲れたような、でも、優しい顔をしていた。
そんな父をみて、今度は切なさがこみ上げてきた。


あの頃の私は、なぜ、父がホットケーキを食べる姿をみて、
こんな苦しく、悲しくなっていたんだろう?


まだ、子どもだった私は、仕事や家庭の重圧から解放され、子どものように無垢な笑顔を見せる父を、受け止めることができなかったのかもしれない。
その姿は、私にとって、あまりにも脆くて、父が壊れてしまうんじゃないかと怖かったんだろう。


大人になった私は、あの頃、父がホットケーキを食べていた理由がわかる。

大人だって、休みたいよ。
「疲れたよ」って、大きな声で言いたいよ。
本当に大好きなものを、誰にも邪魔されずに食べたいよ。

でも、言えないよね。
子どもの前では、カッコイイ大人でいたいもん。
涙なんか、見せずに、一生懸命、必死に働くしかないから。

だけど、子どもって、大人のこと、ちゃんと見ている。
あの頃の私が、そうだったように。
子どもだから、むずかしいことは、よくわかんないけど、
大人が必死に頑張っている姿は、子どもに伝わっているから。

だから、お父さん。
いつか、一緒にホットケーキを食べに行こう。
あの頃の笑顔の理由を、大人になった私が、今度はちゃんと受け止めるから。


#創作大賞2026   #フード部門 #エッセイ #ホットケーキ #喫茶店 #父  




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