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「稼ぐ力」より「使う力」が人生を決める。高収入でも不自由な人、未来にワクワクする人の決定的な違い

幸せは「いくら稼ぐか」ではなく「どう使うか」で決まる

「今の年収が倍になれば、もっと幸せになれるはずだ」。私たちは無意識にそう信じて働いています。しかし、ベストセラー『サイコロジー・オブ・マネー』の著者モーガン・ハウセルは、最新作『アート・オブ・スペンディングマネー』でその常識を真っ向から否定しています。

彼によれば、資産を築くことは「科学」ですが、それを使って幸福を得ることは、はるかに難しい「アート(技術)」なのです。

本書を読みながら、私はふたりの対照的な元同僚、WとKのことを思い出しました。彼らの生き方は、まさに「お金の使い方が、その人の人生そのものを映し出す」という本書のメッセージを体現していたからです。なぜ、高収入でも不自由な人と、未来への希望に満ちている人がいるのか。本書の視点を借りて、その謎を紐解いてみたいと思います。


お金を使う技術は「何のために働くか」という問いへの答え

この本を読んで最初に痛感したのは、「お金を使う技術(アート)」とは、単なる消費活動の話ではなく、「何のために働くのか」という問いと表裏一体だということです。

本書では、お金を使うことの真のゴールは、他者への見栄ではなく、自分自身の「幸福」や「独立性」の追求にあると述べられています。私はこれこそが、キャリアにおけるゴールとも重なるのではないかと考えています。

1. 自分の「独立性」へ投資するWの物語

振り返れば、仕事を通じて出会った中で最も魅力的だったのは、将来への具体的なプランを持ち、自分の人生をコントロールしようとしている人たちでした。

かつての同僚Wがその筆頭です。彼は私よりも仕事ができ、英語も堪能なエースでしたが、飲みに行くと決まってこう語っていました。「将来は自分で農業法人を立ち上げたい。生産からマーケティングまで一気通貫でやって、ゼロから自分のブランドを創りたいんだ」。その時の彼の表情は、聞いている私までワクワクさせるものでした。

ある時、私が「Wなら、この会社でもっと上に行けるのにもったいない」と伝えると、彼はこう返しました。「もう面白くないんだよね。組織の優秀な歯車でいればお金は稼げるし、当面の生活にも困らない。でも、自分の実力でいける天井が見えてくると、ゲームのプレーを続ける気力がなくなるんだ」。そして、「何も残らないんだよね……」と呟きました。

Wがいま実践しているのは、本書で言う「独立性」への投資です。彼は現在の収入(お金)を、将来「嫌なことを拒否し、好きなことに挑戦する権利」を買うために使おうとしています。彼は組織の中で働きながらも、着々と就農セミナーに参加し、自分の人生の主導権を取り戻す準備を進めています。

2. 「社会的負債」に縛られるKの物語

対照的だったのが、同僚のKでした。彼は本業の傍ら投資でも相当な利益を上げており、会うたびに「IPO株で儲かった」「アパートの空室を埋めた」と戦果を報告してくれました。

Kは一見、成功者でした。高そうな時計を身につけ、家族と海外旅行に行き、都内の戸建てに住む。コロナ禍のZoom会議では、背景に映る豪華な壺が話題になり、彼はまんざらでもない様子でした。しかし、これらは本書が警告する「社会的負債」の典型かもしれません。つまり、ステータスを維持するために支払わなければならない、見えないコストです。

実際、Kが見せる表情は常に疲れていました。飲みに行けば、「上司が丸投げしてくる」「取引先の無理難題から逃げたい」と不平不満を漏らすことが珍しくありませんでした。私が「なら辞めて実家を継げば?」と提案しても、彼は諦め顔で吐き捨てました。「そうはいかない。子供の受験もあるし、嫁が今の生活水準を落とすことを許さない……」。

本書には「幸福 = 現実 - 期待値」という幸福の数理モデルが登場します。Kの「現実(収入)」は高いものの、それ以上に生活水準や周囲からの見られ方という「期待値」が膨れ上がってしまったのです。彼は高価なモノを買うことで称賛を得ようとしましたが、本書が指摘するように、他人はその所有物を見ているだけで、K自身を見ていたわけではありませんでした。彼は皮肉にも、裕福であるがゆえに、人生の選択肢(独立性)を失っていたのです。

3. 「逆葬儀広告」でキャリアを再定義する

夢に向かって準備するWと、現在の生活水準を維持するために不満を抱えながら働くK。私はKの生き方を否定するつもりはありません。家族のために懸命に働くことも、尊いキャリアの選択です。しかし、本書の「リバース・オビチュアリー(逆葬儀広告)」という概念は、私たちに鋭い問いを投げかけます。

これは「自分の葬式で、人々からどう記憶されたいか」を考える思考実験です。家の広さや時計の値段で記憶されたい人はいないはずです。「優しかった」「面白かった」「彼のおかげで人生が変わった」。そう語られたいと願うのが人間です。

そう考えた時、私はWのように、小さくてもいいから周囲に感謝され、自分の価値観に基づいた「何か」を残せるキャリアを歩みたいと強く思いました。お金は、そのための「道具」に過ぎないのです。


そのお金は、あなたに「自由」を与えているか

『アート・オブ・スペンディングマネー』は、お金の使い方が「生き方」そのものであると教えてくれます。

元同僚のWは、お金を「将来の自由と独立」を買うために使い、自分の内面的な喜びを追求していました。一方、Kは収入が増えるたびに生活水準を上げ、ステータス維持という「社会的負債」によって、逆に人生の選択肢を狭めてしまっていました。

重要なのは、資産の額そのものではなく、「そのお金が自分に自由を与えているか、それとも時間を奪っているか」という視点です。私たちは、自分の葬儀でどう語られたいかを羅針盤に、お金とキャリアの「期待値」を適切に管理していく必要があるのです。

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