見出し画像

ニューヨークで一人夜な夜な哲学しちゃう話。

アメリカ生活ー今まで日本にいた時の私の「キャラ」が全く通用しない

海外で暮らすようになると、今まで当たり前だった常識が通用しなくなります。日本では評価されていたことが、まったく違う基準で判断される環境に身を置くことで、多くの人がアイデンティティクライシスに陥るのではないでしょうか。

私もその一人です。アメリカに移住してから最初の2年間は特に、そして在住12年が経った今もなお、大きなアイデンティティの揺らぎを感じています。

狭いコミュニティで育った私の原点

私は小中高と女子校一貫校で育ちました。振り返ってみると、私が育った環境では人間関係が固定化しやすく、中学or高校で人間関係を一から構築し直すという経験が乏しいまま、幼少期から10代を過ごしてきたように思います。

その限られた環境の中では、自分は場を盛り上げることが得意だと信じていました。しかし、一歩外の世界に出ると状況は一変しました。自分の立ち回り方が分からない、自分の良いと思っていたところが出せない、そもそも英語でうまく自分を表現できない。

勝間和代さんの「人づきあいはコスパで考えるとうまくいく」という本に、まさに当時の私の心境を言い表した表現を見つけました。

「大学付属の私立の中学、高校に通っていたこともあり、その学校の価値観の中だけで生活し、内輪のコミュニケーションしか経験してこなかった私にとって、社会に出てから突然必要となった『自分と違う文化圏の人とのコミュニケーション』は、非常に困難なものでした。」

人づきあいはコスパで考えるとうまくいく

渡米したての私は、まさにこの状況でした。高校卒業後、世間知らずなまま多国籍国家で多文化が混ざり合うアメリカにいきなり飛び込んだのですから、無理もありません。内輪ジョーク通じず!!ああ、本当はもっと面白いことが言えるはずなのに。「日本語が通じるなら、私今あなたをめちゃくちゃ笑わせてるからね?」って思ってたし、うまく表現できないためにまさか大人しいキャラクターになってしまっている自分に、大きな悔しさを感じていました。

自分が得意だったことって何だっけ

一方で、アメリカに来て初めて気づいた自分の長所もありました。日本にいる時は普通だと思っていたことが、実は特別なスキルだったのです。

特にプロジェクト・タスクマネジメント能力。日本では自分をクリエイティブ寄りの人間だと思っていましたが、アメリカに来て周りと比較してみると、プロジェクトを指揮/管理するスキルや責任感が割と高いということで、プロジェクトを推進するのが得意で信頼されやすいということが分かりました。

逆に、それまで得意だと思っていた0から1を生み出すクリエイティブや、突飛なアイデアを出すことは、アメリカでは埋もれがちでした。今までの私はどこへ?そんな気持ちになってばかりでした。

二重(?)のアイデンティティとの向き合い方

在米12年目の今でも、この感覚はうまく統合できずにいます。日本で友達と話している時の自分も、アメリカでこちらの友達と話している時の自分も、どちらも本当の私です。しかし、なぜか両者の間に乖離を感じてしまいます。まるで自分に軸がないような気がして、めちゃくちゃ居心地の悪さを覚えます。

これは単純に「家族に見せる顔と職場での顔が違う」というような話ではない気がします。言語によって自分の性格が変わっている感覚があるのです。価値観や判断基準が変わるわけではないのですが、表現される「自分」が異なってくるのです。

答えのない問いと向き合い続けること

この問題に明確な解決策があるとは思いません。そんな多面的な自分も受け止めていくしかないのだと考えています。でも向き合い方とかアドバイスがある方、ぜひ教えてください。

昔から哲学が好きでしたが、海外移住してからは、暇さえあれば答えのないことを考えてしまうセルフ哲学タイプの人間になりました。

育ってきた環境とは異なる文化の中で暮らすということは、新しい自分を発見し、それは混乱や戸惑いをもたらしまくりますが、同時に自分という存在の豊かさや複雑さを教えてくれるものでもあるのかもと思います。

続く(多分!)

いいなと思ったら応援しよう!