海に行った日が、曲になるまで
AIで曲を作った。
『群青になる前の空』という曲で、掌編「海風の帰り道」から歌詞を起こしたものだ。Sunoというサービスを使った。初めて触った。
歌詞とプロンプトを渡したら、思っていた雰囲気に合ったものが出てきた。正直、ここまでできるとは思っていなかった。
自分がやったのは、元になる画像を作った段階だけだ。あとはAIが意図を汲み取って進んでいった。そういう感覚がある。
ただ、できてから工程を振り返ってみたら、少し違う形が見えた。
■ 最初は、海に行った日だった
今年の春、海に行った。
その日のことを、先に詩として書いた。電車の中で流れる景色、波の音、イヤホンから聴こえていた曲。記事にするつもりもなく、ただ書いた。
そのあとで、画像を作った。海岸沿いの石に腰掛けている場面を再現してもらうように指示した。実際に自分がそうしていたからだ。

出てきたのが、なぎの最初の一枚になる。
当時は、キャラクターを作っているつもりはなかった。記事のサムネを作っていただけだ。同じ頃に作った桜並木の画像も、商店街の画像も、自分が実際に行った場所を再現している。
絵心はない。それでも、自分が思っていた雰囲気のものが絵として出てきた。そこに一番驚いた。
■ 名前がついた
一枚の絵を見ているうちに、この子はどんな部屋で暮らしているんだろう、休日に何をしているんだろう、と考えるようになった。
もともと自分は、少しボーイッシュなキャラが好きだった。派手な主人公ではなく、自然体で、日常の中にいるようなキャラクター。そういうイメージで作り始めた。
特別な物語はない。お湯を沸かす。猫と過ごす。本を読む。窓の外を眺める。何も起きない時間を中心にした。
■ 話になった
夏に、掌編「海風の帰り道」を書いた。最初の一枚の場面を、そのまま話にしたものだ。
少し遠くの街まで、ノートとガラス瓶のインクを買いに行く。帰りに防波堤の縁に腰を下ろして、海が金色から藍に変わるまでを見ている。何かが起きるわけではない。買って、帰ってきた。
書きながら、この画像の中で何が起きていたのかを、後から決めていた感じがある。
■ 曲になった
掌編から歌詞を起こした。
最初に作った歌詞は、海と夕暮れしか出てこないものだった。読み返すと、どこにでもある夕暮れの歌になっていた。
直したのは、インクとノートを戻したところだ。リュックが重い理由が歌詞に出てこないと、ただ海を眺めている人になる。背負い直したときに瓶がカチャリと鳴る音も入れた。固有の物が一つ入るだけで、輪郭が出る。
タイトルを掌編に合わせて「海風の帰り道」にするかどうかは迷った。ただサビが全部「群青になる前の空に」で始まるので、そこを変えると歌詞の核が消える。結局、曲は『群青になる前の空』のままにした。
■ 自分がやったこと
「自分がやったのは画像を作る段階だけ」という感覚は、今も変わらない。
ただ、工程を書き出してみると、判断している場面がいくつかある。
歌詞から「明日もまた歩いていこう」という一行を削った。掌編は決意で終わっていないからだ。曲のタイトルを掌編に合わせるかどうかを決めた。Sunoのプロフィール文からは、音の説明を書いた一段落を削った。
どれも、出てきたものを見て却下しただけの作業だ。作ってはいない。
それでも、材料を出していたのは自分だった。海に行ったのも、石に腰掛けていたのも、それを詩に書いたのも自分だ。
AIは、その一日を数ヶ月かけて別の形に変換していった。変換元がなければ、何も出てこなかった。
なぎの日常は、これで画像と掌編と曲の三つになった。
次に何になるかは、まだ決めていない。
■ 補足
なぎの日常は、画像も、文章も、曲も、AIを使って制作しています。使用するサービスは工程ごとに異なります。
どこまでを自分がやっているかは、この記事に書いたとおりです。
