見出し画像

主治医と産業医で意見が割れたとき、人事は誰を信じればいいのか

「主治医の診断書には『復職可』とあるのに、産業医は『まだ早い』と言う。どちらに従えばいいのでしょうか?」

人事の方から、本当によく受ける質問です。

私は、精神科クリニックの院長として診断書を「書く側」であり、20社以上の産業医として診断書を「受け取る側」でもあります。両方の立場から、この問題を整理します。


ある復職判定の場面

まず、実際によくあるケースをご紹介します。なお、複数の事例を組み合わせ、個人が特定されないように再構成しています。

休職して4か月になるAさんから、主治医の「復職可」という診断書が提出されました。本人も「もう大丈夫です。早く職場に戻りたいです」と話しています。

診断書もあり、本人にも復職の意思がある。人事としては、復職を認めない理由はないように思える場面です。

しかし、産業医面談で生活リズム記録表をつけてもらうと、実際の生活状況が見えてきました。

平日でも起床は午前9時を過ぎ、日中はほぼ毎日1〜2時間の昼寝をしていました。外出は週に1〜2回、近所のコンビニに行く程度です。

この状態では、朝決まった時間に起きて通勤し、夕方まで安定して働く生活を続けるのは難しいと考えられました。

産業医の意見は「現時点での復職は時期尚早。1か月後に再評価する」というものでした。

本人には、

  • 始業時刻に間に合う時間に起床する

  • 日中は昼寝をせずに過ごす

  • 平日は一定時間外出する

ことを目標に、生活リズムを整えてもらいました。

生活リズム記録表で経過を確認したうえで段階的に復職し、その後は再休職することなく勤務を続けることができました。

すぐに復職させていれば、数か月以内に再休職になっていた可能性が高いケースです。

なぜ主治医と産業医の意見が割れるのか

主治医と産業医では、診察や面談で確認している情報と、求められている役割が異なります。

主治医が判断するのは、症状がどの程度改善し、医学的に復職を検討できる状態になったかという点です。

診察室で本人の話を聞き、症状や服薬状況、日常生活の回復度などを確認して診断書を書きます。ただし、主治医が実際の職場を見る機会は通常ありません。

具体的な業務内容、職場の人間関係、通勤時間、繁忙期の負荷などについては、基本的に本人から伝えられた情報をもとに判断します。

一方、産業医が判断するのは、**「現在の状態で、その職場の業務を安全かつ継続的に遂行できるか」**という点です。

本人の症状だけでなく、勤務時間、通勤負荷、業務内容、職場環境、求められる集中力や判断力、再発のリスクなども含めて評価します。

そのため、

  • 主治医:「医学的には復職を検討できる」

  • 産業医:「現在予定されている勤務条件では、まだ継続が難しい」

という判断が同時に成立することがあります。

「復職可」と「時期尚早」は、必ずしも医学的な見解が正反対なのではありません。両者が、異なる情報をもとに、少し違う問いに答えていることが多いのです。

結論:最終判断は会社が行う

復職の可否を最終的に決定するのは、主治医でも産業医でもなく、会社です。

主治医の診断書は、復職判定に必要な重要な医学的情報です。ただし、「復職可」と書かれているからといって、会社がそのまま復職を認めなければならないわけではありません。

会社は、主治医の診断書に加えて、産業医の意見、本人の生活状況、職場で予定している業務、就業規則や復職制度などを総合的に検討します。

その際には、職場の実情を把握したうえで就業継続の可能性を評価する産業医の意見が、重要な判断材料になります。

ただし、「産業医の意見が正しく、主治医の診断書は無視してよい」ということではありません。

意見が割れたときに必要なのは、どちらが正しいかを決めることではなく、両者が持っている情報のズレを埋めることです。

意見が割れたときの3ステップ

① 産業医から主治医へ文書で照会する

診断書に「復職可」とだけ書かれていても、実際の就業条件を検討するには情報が足りないことがあります。

その場合は、本人の同意を得たうえで、産業医から主治医へ診療情報提供依頼書を送り、必要な情報を照会します。

本人を介した伝言ではなく、医師同士が文書で情報をやり取りすることで、認識のズレを減らすことができます。

照会する際に重要なのは、単に「本当に復職できますか」と尋ねるのではなく、職場側の情報を具体的に伝えることです。

例えば、次のような内容を記載します。

  • 想定している業務内容

  • 始業・終業時刻

  • 通勤にかかる時間

  • 顧客対応や出張の有無

  • 繁忙期の残業時間

  • 在宅勤務や時短勤務の可否

  • 復職後に予定している配慮

そのうえで、

  • この勤務条件で就業を継続できるか

  • 残業や出張などの制限は必要か

  • 業務内容の変更は必要か

  • 通院への配慮は必要か

  • 症状が再燃した際に職場が注意すべきサインは何か

といった点を確認します。

具体的な業務内容を知った主治医から、「復職自体は可能だが、当面は残業を避けることが望ましい」「フルタイム勤務はまだ難しく、段階的な復職が望ましい」など、より具体的な意見が得られることがあります。

主治医は、職場の情報がなければ、その職場で本当に働き続けられるかまで判断することはできません。診断書を書く側としても、これは強く感じるところです。

2026年4月から、治療と仕事の両立支援に取り組むことが事業主の努力義務となりました。さらに、同年6月の診療報酬改定では、療養・就労両立支援指導料の対象疾患の定めが廃止され、うつ病や適応障害などの精神疾患を含むすべての疾患が対象となりました。「治療と仕事の両立支援カード」も活用できるようになり、医療機関と職場との情報連携は、今後ますます重要になります。

参考:厚生労働省「治療と仕事の両立について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html

② 生活リズム記録表で「働ける生活」ができているか確認する

冒頭のAさんのケースのように、「復職可」の診断書が出ていても、実際には始業時刻まで寝ていたり、日中に長時間の昼寝をしていたり、ほとんど外出できていなかったりすることがあります。

症状が改善していることと、週5日通勤して所定労働時間を働き続けられることは、同じではありません。

生活リズム記録表では、例えば次のような項目を確認します。

  • 就寝・起床時刻

  • 昼寝の有無と時間

  • 服薬状況

  • 日中の活動内容

  • 外出時間

  • 疲労の程度

  • 気分や体調の変化

通勤して定時まで働ける生活リズムが整っていなければ、すぐに復職を決定するのではなく、生活状況を整えたうえで再評価する必要があります。

また、復職が近づいてきたら、起床や外出ができているかだけでなく、集中力や作業を続ける力が戻っているかも確認します。

休職中に動画を見たりゲームをしたりできていても、それだけで仕事に必要な集中力が回復しているとは限りません。自宅でパソコンを使い、文章を読んだり、資料を作ったり、一定時間机に向かったりして、仕事に近い負荷を試してみることも有効です。

生活リズム記録表には、こうした日中の活動内容や、活動後の疲労の程度も記録してもらいます。

生活リズム記録表の利点は、判断の根拠が本人にも見えることです。

「産業医から、まだダメと言われた」だけでは、本人は納得できないかもしれません。

一方で、「午前7時までに起き、昼寝をせず、平日は一定時間外出できる日が2週間続いたら、次の段階を検討する」と示せば、復職までの道筋が明確になります。

復職できない理由と、次に取り組む目標を具体的に伝えることが、本人の納得につながります。

③ 本人を交えて「何ができたら復職か」を明確にする

本人、産業医、人事で面談し、復職の判断基準を共有します。

漠然と「まだ復職できません」と伝えるだけでは、本人は何を改善すればよいのか分かりません。

復職に必要な条件を具体的に示すことで、休職中に取り組む目標が明確になります。

例えば、

  • 所定の始業時刻に合わせた生活ができる

  • 平日に継続して外出できる

  • 日中に一定時間の活動を続けられる

  • 症状が悪化した際の対処法を説明できる

  • 定期的な通院と服薬を継続できる

といった基準です。

そのうえで、復職の方法は自社の制度に沿って設計します。

時短勤務や業務制限をつけた復職が可能な会社であれば、主治医と産業医の意見の間に、現実的な着地点をつくれることがあります。

一方で、就業規則上、原則としてフルタイム勤務が可能な状態でなければ復職を認めない会社もあります。

その場合は、復職基準をフルタイム勤務に耐えられる水準に設定し、生活リズムの調整に加えて、制度があれば試し出勤や通勤訓練などを活用し、復職前に実際の勤務に近い負荷を段階的に試します。

復職判定を始める前に、自社の就業規則や休職・復職制度で何が可能なのかを確認しておくことが重要です。

人事がやりがちなNG対応

NG① 診断書が出たので、そのまま復職させる

「主治医の診断書があるのに復職させなければ、問題になるのではないか」と心配する人事担当者は少なくありません。

しかし、生活状況や業務遂行能力を十分に確認しないまま復職させ、短期間で再休職となれば、本人にとっても会社にとっても負担が大きくなります。

診断書の提出後に産業医面談や情報収集を行い、職場の状況を踏まえて判断することは、復職を不当に妨げることとは異なります。

あらかじめ定めた手順と基準に沿って、丁寧に復職判定を行うことが重要です。

NG② 人事が直接、主治医の医学的判断に反論する

人事担当者が主治医に、「本当に復職できるのですか」「会社としては無理だと思います」と直接反論することは、できるだけ避けたほうがよいでしょう。

主治医には、本人の同意を得たうえで、職場の情報と確認したい事項を文書で伝えます。

医学的な意見の確認や調整は、原則として産業医などの医療職を介して行うほうが、正確でトラブルも少なくなります。

NG③ 本人を外して、会社と産業医だけで決める

復職の判断を会社と産業医だけで進め、本人には結論だけを伝える方法も適切ではありません。

本人を判断のプロセスから外すと、同じ結論であっても、「会社に一方的に復職を拒否された」と受け取られる可能性があります。

生活リズム記録表や面談を通じて、本人自身が現在の回復状況を確認し、次に何を目指すのかが分かる形にすることが重要です。

本人の希望だけで復職を決めることはできませんが、本人の理解と納得を得ながら進めることが、復職後の安定にもつながります。

書く側と受け取る側、両方を経験して思うこと

診断書を書く側として言えば、主治医は、診察で得られた限られた情報の中で、本人の症状や回復状況を誠実に評価しています。

一方、診断書を受け取る側として言えば、「復職可」という一文だけで、その職場で安全に働き続けられるかを判断するのは困難です。

主治医と産業医のどちらか一方を信じるのではなく、両者が持っている情報をつなぐこと。

それが、人事に求められる重要な役割です。

そして、その調整役として産業医を活用することが、本人にとっても会社にとっても、納得感のある復職につながります。


復職判定や主治医との情報連携など、休職・復職対応の進め方にお困りの場合は、Actwith株式会社までご相談ください。

いいなと思ったら応援しよう!