草間彌生さんのご逝去で、感慨深くなる
主に水玉などの作品で知られる前衛芸術家・草間彌生さんが8月14日、亡くなりました。97歳でした。
そのニュースが流れてきたのは、8月下旬ごろでした。
少し時間が経ちましたが、過去の写真を見返していた際に草間彌生さんの作品の写真をいくつか見つけて、感慨深くなったので、少し感情を吐露したいと思います。
(※今日の記事は、ただの日記です。)


まずは、草間彌生さんのご逝去の報に接し、また、ご生前のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表したいと思います。
訃報のニュースが流れた頃はちょうど、都内にある草間彌生美術館に、その時開催されていた展示会が終わりごろだったので、行こうかな、と思っていた矢先。
もちろん、ニュースが流れた瞬間に予約は埋まってしまい、行けずじまいでした。
ああ、行こうかな、と思ったときに予約を取らないと、こういうことがあるんだな、と改めて感じました。
私が、芸術家で好んでわざわざ美術館に行こうだなんて考えるアーティストは、私は草間彌生さんくらいで、それ以外にはいません。
音楽アーティスト、という意味でなら、たくさんライブやコンサートに行ってみたいアーティストはたくさんいますが。
それらの方々も、大御所の方々はもうそろそろいい歳になられた方も多く、また、亡くなったりしなくても、急に解散するなんて話も珍しくありません。
最近で言うと、私がよく聞くジャンルだと、BIRTHDAYのチバユウスケさんなどの訃報もありました。
行けるうちに、活躍されているうちに、行っておかないといけないな、とほんとに思いました。
さて、音楽アーティストは、楽曲が残りますが、ライブで生の演奏が聴けなくなるのがとても悲しい。
このインターネットやAI時代だからこそ、生の声、生の演奏が再評価されていますし、生というのもの価値が逆に上がっている気がしています。
美術・芸術アーティストの場合はどうなんだろう。
本人たちにサインとか握手を求めるということはあれど、本質はそれじゃなくて、作品を見ることはできるんですよね。
それが音楽との違いかもしれません。
なので、今でも草間彌生さんの美術館は残っていますし、少なくともこの数年は残すことでしょう。ご本人も、自分が死んでも芸術は残してほしいとか、そんな心を打つ芸術を作りたい、と死ぬまで作品を作られていたらしいので、もしかしたら、間際の作品も公開されることがあるでしょう。
なんていうか、松本市美術館の出口付近に、草間さんの芸術や人生への想いが書かれているのですが、芸術への想いや、熱さ、人生をどう考えているかを読んで、非常に目頭が熱くなったことを思い出しました。
本当に熱い想いを書いてらしたので。
ただ、ご本人は居なくなった以上、今すぐになんて話しは無いと思うんですが、残されたご家族のご意向によっては急に美術館を閉じるなんてことも数十年後にはあり得ます。行けるうちに行っておかないといけないな、と思った次第です。
ということで、何を言いたいかというと、何もまとまってないのですが、、、
行けるうちに、訃報を聞き、草間彌生さんの美術館に再度行きたいなとか、、、
過去の写真を見返していた際に訃報のニュースの少し感慨深く思い出してしまい、人の生き死になどを考えてしまった、というそういう話でした。
こちらは、松本市美術館。(撮影してよい場所の写真です)




自分もそうだし、アーティスト側もそう。
美術だろうと音楽じゃなくても、なんでもそうですね。
行けるうちに、やれるうちに。
時間は有限。
いつかやる。いつか行きたい。
そう思っていたら、実現することはあまりない。
そう、ありふれた感想なのですが、改めて感慨深く、そう感じてしまった、という、ありふれた感想、日記でした。
ということで、かなり自分よがりのポエムになってしまいましたが、感情が乗ってしまったので……駄文、失礼しました。
そんじゃあ、またね🐙
