「拳が万全なら、名高との再戦は自信がある」ソンチャイノーイのインタビュー翻訳~ONE podcast#17より
4月29日のONEチャンピオンシップ日本大会、ONE SAMURAI 1で吉成名高のONEムエタイ世界アトム級王座に挑むソンチャイノーイ・ゲッソンリットが、昨年7月に、ONE podcastに出演し、長時間のインタビューを受けていたので、その内容を紹介したい。
当時、ソンチャイノーイはONE9連勝中、このインタビュー後にヌンスリンに判定負けしたものの、10月にサライ・タン(ミャンマー)に勝利した。
インタビュアーは、ONEチャンピオンシップの名物通訳&リングアナウンサーのフランク氏とレポーターのトンさん。所々は省略したり、意訳したところもあり、完全な翻訳ではない。

マガジンではノンオー、スリヤンレック、スアブラックなどのインタビュー翻訳も紹介している。
🥊普段の練習の様子など
ーー今日はONEに参戦後、9戦全勝という素晴らしい戦績を残しているソンチャイノーイ・ゲッソンリットさんに来てもらいました。サワディーカップ、ソンチャイノーイさん、お元気ですか。最近の練習の調子はどうですか?
まずまずです。他の選手のみたりもしています。ミットを持ったり。
ーーソンチャイノーイさんは小柄(身長156センチ)ですが、みんなのミットを持ちますか。
170センチ以下の選手は大丈夫です。他には身体が小さい日本人とか、女性とか、小さい練習生が相手ですね。トレーナーの手が足りない時は私が対応します。
ソンチャイノーイは、ゲッソンリットジム(バンコクのタリンチャン地区)で練習
ーーソンチャイノーイさんが教えるのは女性だけですか(笑)
(笑)いえいえ、。小さい人だけ。
ーー今日はインタビューを通じて、ソンチャイノーイさんの性格や、人柄を知りたいと思います。ソンチャイノーイさんはどんな性格ですか。
おもしろいキャラでもいけます(冗談)。いえいえ、私は、遠慮がちな人間ですね。ジムでも後輩や外国人の練習生に気を遣い、遠慮してしまいます。
ーーそうなんですね。ソンチャイノーイさんはONEの本契約を得ていますが、それまでの道程、どうやってムエタイに出会ったかも知りたいですね。まず、出身地をお聞きしても良いですか。

🥊ムエタイとの出会い
出身はサムットプラカーン県(バンコクの近郊)です。子どもの頃は走ってばかりいました。父のバイクの後ろに乗って出かけるのも好きでした。父は建設関係の仕事をしていて、地方の仕事が入ると、長期間、家に帰ってきませんでした。
私が小学校1年の時です。お父さんがバイクに乗っていて、ムエタイジムを見付けました。ムエタイについて知ってはいましたけど、そんなに好きではありませんでした。
父は、ちょっとジムの中を見てみるか?と私を誘いました。ジムの中に入ると、ちょっとやってみるか?と。子どもなので、父の言葉にうなずくしかありません。それから毎日、練習しました。きつくて毎日泣きました。
ーームエタイ以外の他のスポーツは好きでしたか?
走ることと、他はサッカーですね。近所の道で子供が集まり、サッカーをやっていました。
🥊デビュー戦
ーームエタイを練習し始めて、デビュー戦までは時間が掛かりましたか?
3、4か月ですね。デビュー戦は、お寺のムエタイで、今はそうではないと思いますが、体格差があっても、「こいつとこいつと試合だ」、と適当に試合の組み合わせを決められました。
私の最初のリングネームはノーンブン・キッサクルーティンです。デビュー戦から、既に10試合、20試合しているという強い選手が相手でした。この相手に勝ちました。
勝って、とても嬉しかったです。父母もとてもよろこんでくれました。私は人と戦ったり、ケンカしたりしたことがないし、身体も小さかった。走っているだけでしたので。「ムエタイをやっても人と戦えないだろう」と両親には思われていたようです。
ーーお父さんとは仲が良かったのですね。
はい。でも父は仕事で地方に行ってしまうことが多く、いつも一緒にいたのは母です。ジムの練習する時も、母が送迎してくれました。
ーーソンチャイノーイさんは、子供の頃から身体は小さかったのですね。
はい。私は元々ムアイマット(パンチ主体の選手)でしたが、お父さんがムアイマットだと、体格が大きい選手から、上から狙ってパンチを打たれやすいからと、フィームー(テクニシャン)に変われと言われ、今のスタイルになっていきました。

🥊誹謗にはどう対応しているか
ーー今では強くなって、そういうことはないと思いますが、身体が小さいから、軽く見られたりとか、色々言われたりすることはありますか。
(面と向かっては言われませんが、SNSの誹謗中傷については、)昔はSNS、Facebookとかそれほどやっている人も多くなかったから、平気でしたね。またSNSを見たりもしなかったです。今は、投稿は見ても中のコメント欄は見ないようにしています。
サムットプラカーンから、バンコクのジムに移ったのは、中2の時くらいですかね。ここで強い選手たちと一緒になりました。
ーームエタイ選手のアイドルはいましたか。
アイドルというより、子供の頃は試合に出たらお金がもらえるからそれが嬉しかったです。道ばたで色々食べ物が売っていても、お母さんにお金をせびらなくても良いのです。
ーー女子選手と戦ったこともあるそうですね。
はい、彼女はとても強くて、チョンブリー県では男も含めて相手がいなかったとか。うちのジムも何人かやられて、残るは私だけでした。
ジムはやらせたくなさそうでしたが、やりました。そして3、4回彼女と戦いましたね。彼女との初戦は、まあ女子だしと、私も油断していまして負けてしまいました。リングでグローブを合わせてその強さに驚きました。

🥊ムエタイを続ける理由
ーー6‐7歳でムエタイを始めて、今24歳ですか。24歳の今まで、長く休んだことはありますか。
あります。以前の所属ジムと揉めた時にリングに長く上がれない時期がありました。少し休んでから、父が作ったジムに移りました。
今は、父のジムはもうないです。良い時は10人くらい選手がいたんですけど、家族ができたから止めるとか、大学に行くから止めるとか、色んな理由で選手が減っていって、選手が私一人になってしまいました。そしてジムを閉めました。
私がムエタイを続けている理由として、まず、ひとつ目はお金を稼いで父母に家を買ってあげることです。ふたつ目は、チャンピオンになりたいです。世界一になりたいです。
ーーONEで試合する前、5ラウンドのムエタイを戦っていた頃はチャンピオンになりましたか?
その頃は、それほどの選手ではなかったです。テクニックで戦い、あまりパンチを打たないスタイルで、(ONEとは異なり)パンチのノックアウトもなかったです。
ーーONEのスタイルは合っていますか。
はい、ロッタンとハガティーの試合をテレビで見て、ONEでやってみたくなりました。その興行ではMMAの試合もやっていて、それにも興味が湧きました。ジムでONEに出てみたいと、初めは冗談で言っていたのです。
ロッタン対ハガティー戦はONEムエタイ世界フライ級タイトルマッチとして、2019年8月、マニラで行われた。(ロッタンの判定勝ち)
ーー今では、ONEでは9試合全勝、本契約選手です。人生はどう変わりましたか?
良くなりました。昔の同級生、ジムの仲間をはじめ、色んな人から声を掛けられます。
🥊ラック・エラワン戦について
ーー2年前からONEの本契約選手となりました。
ラック・エラワンに勝った時ですね。とても嬉しかったです。彼は7チャンネルのチャンピオンになって、身体も強い。彼が7チャンネルのチャンプの時は、私はチャンプを狙える位置ではなかったです。
彼との試合は、自分がそこまでできると思いませんでした。今までで一番ダメージを負いました。目も腫れて頭も痛い。
ラック・エラワンとは2度対戦(2023年11月、2024年7月)し、2度ともソンチャイノーイが判定勝ち。
ーーストロー級、125ポンド(56.7キロ)はどうですか?
私には125ポンドは大きすぎます。でも、アトム級には今、王座がありません。アトム級、115ポンド(52.1キロ)の王者になりたいです。今、ONEで115ポンドの選手も増えているので、アトム級のベルトもできるでしょう。
ーーONEの9試合で一番きつかったのはどの試合ですか。
ラック戦とマンコン戦です。マンコンはよく練習してきました。頻繁にスイッチしてきてやりずらく、途中までは負けだと思いました。
マンコン・ブーンデクシアン(ムンゴン)戦は2023年6月、ソンチャイノーイの3回KO勝ち。

🥊吉成名高について
ーー吉成名高についてはどう思いますか。彼もONEに来ました。
彼は強いです。すでに世界一の選手です。私もかつて、名高と戦いましたが、彼がどのレベルにあるかは、身をもって知っています。
ソンチャイノーイは2023年4月に東京で行われたBOM OUROBOROS 2023で名高と対戦(3分5ラウンド)し、判定負け。
ーー(名高第一戦のように)また日本で戦ってみたいですか?
はい、やってみたいです。例え(名高に)負けたとしても失うものはありません。世界レベルの強い選手とやったので。
ーー名高と戦ってみていかがでしたか?
1ラウンドの蹴りの軌道と2ラウンドの軌道が違いました。2ラウンドは蹴りが脇腹のほうに入ってきて戸惑いました。
ーー名高はかしこい選手ですね。
あの試合、私は拳を痛めていて、充分な状態ではありませんでした。拳を痛めて、全治3か月、名高戦がちょうど3か月で、まだ治りきらなかったのです。
お医者さんも試合してはいけないと言いました。最終的には「やるなら強く打つな、セーブしろと」。「また拳が割れたら、治るまでには時間が掛かる」と説明されました。でも、これは関係ありません。名高は強かったです。
私が拳が万全な状態で戦えば、名高に勝つ自信はあります。私は、彼の強さを身をもって知っています。まずスピードがあり、打ったらその場所にはもういません。距離を詰めて身体を密着させて戦うしかありません。身体をくっつけてもパンチ、ヒジ、ヒザで攻められるでしょう。安心できません。

🥊吉成名高へのメッセージ
ーーもし、名高がこのインタビューを見ていたら、伝えたいことはありますか?
私は前回と同じではありません。私に勝つのは簡単ではないです。ベストを尽くします。
ーーファンもソンチャイノーイさんがアトム級のナンバーワンと思っているので、ONEでの名高戦はみんなが見たいはずです。ソンチャイノーイさんは、自分が115ポンドで一番だと思いますか。
115ポンドではいい選手がいっぱいいます。金曜のONEを見ても強い子が結構います。自分は身体が小さいから、同じ階級でも大きい体格でパンチの強い選手と対戦したら不利です。負けてしまうかもしれません。
ーーじゃあ、ストロー級に階級を上げることは全くないですね。
今は難しいです。普段の体重は58‐59キロです。プラジャンチャイ(ONEストロー級ムエタイ世界王者)はストロー級リミット(56.7キロ、125ポンド)まで、10キロ落とすそうです。私は118ポンドならできると思いますが、125ポンドは無理です。
🥊最初のリングネーム「ブン」について、将来について
ーー話は戻りますが、最初のリングネーム、ノーンブンはどうしてこの名前ですか。
母が名付けました。お茶のコマーシャルからです。今はノーン(弟、目下の人を指す)はなくなり、ブンと呼ばれています。大学でもブンと呼ばれていました。
ーー個人的な質問ですが、大学は卒業しましたか。
大学は卒業しました。大学では経営学を学びました。あとはスポーツ科学など。
今はジムでトレーナーの仕事をすることが多いです。9人などのグループレッスンを受け持っています。他の職業に興味を持ったこともありますが、今は自分のジムを持ちたいと思っています。学生が気軽に通えるムエタイジムもいいですね。
ブアカーオさんはチェンマイにリゾートと併設のジムを運営していますね。ツアーのムエタイプログラムを請け負ってもいいと思いますし、ムエタイ学校のようにしてもいい。
ーー次の試合は決まりましたか。
8月になりそうです。
ソンチャイノーイは、2025年8月29日のONE Friday Fights122でヌンスリンと対戦し、判定負け。11月のONE173では、ヌンスリンが名高挑戦を果たした。

🥊ファンへのメッセージ
ーー最後に、ファンにひと言お願いできますか。
ファンの皆さん、私は毎試合、全力で戦います。どの試合もベストファイトになるよう頑張るので、ファンの皆さんは飽きさせません。どうか応援して下さい。ありがとうございます。
ーーもうひと言、ソンチャイノーイさんは小さな身体ながら、ONEの本契約選手です。同じように頑張ろうとしている人たちに、メッセージをお願いします。
チャンスが来たら、自分なら何でもできると思い込むことです。チャンスを逃さないで下さい。チャンスは、簡単にはこなせませんし、予測していたものとは違っているかもしれません。チャンスが来たなら、出来が悪くともやってみることです。
やると決心して、やってみれば、、何日かやってみれば、それがその人にとって本当のチャンスになります。

※写真は著者撮影のものと、ONE Podcast、ONEの過去試合映像(Youtube)、ONE championship website から。
↑ ↑ オダサイ著作、「ムエタイ裏街道」Amazonで発売中
