【第63話】小樽築港臨海公園──港の風がほどくもの
北へ続く道 ─ 自作キャンピングカーで旅する日々
静かに続いていく──
旅の空気と、光と温度で紡ぐ日々の記録。
【第63話/港の風がほどくもの】
美国漁港──低い太陽と直線の雲
眠りの輪郭だけが先にほどける。
風の音が、今日の順番を決めていく。
昨晩お世話になった「美国漁港海岸緑地広場」で目が開く。4時54分。
窓の向こうに港の輪郭。日の出はもう過ぎていて、光だけが先に立っている。車内の温度計は21.4℃。外気の表示はまだ上がりきらず、肌にひんやりが残る。
みゅうちゃんの朝ご飯を器に入れる。いつもより早いのに、みゅうちゃんは時間の差を気にしない顔で食べる。
雲がまっすぐに伸びて、風が強い。太陽はまだ低く、影が長いまま、空気の流れだけが忙しい。

時間が早いから、朝ご飯はあとに回して、まずは昨日のブログを仕上げる。7時2分、投稿を完了。続けてSNSにも流していく。
7時18分、コーヒーを淹れる音が車内に立つ。トーストと豆乳ゼリー。食パンはこれで終わり。
ルーティンを抜けたところで、車内を少し片付ける。YouTubeを少しだけ流し、テントを撤収しに外へ。
大島さんも同じ頃から片付けを始める。風が強くて、テントの幕がバタつき、畳む手が何度も止まる。
9時半過ぎ。ようやく撤収が終わる。大島さん家はパーティーシェードだけが残って、広場の空が少し広く見える。

水を汲みに行って、2Lのペットボトルを3本。車内を掃除して、また少し座る。
11時35分。少し早い昼に「うまかっちゃん」を作る。湯気の行き先を見ながら食べて、そのままYouTubeの音に紛れてうとうとする。
12時25分、トイレから戻ると、運転席にみゅうちゃんの抜け毛。コロコロを転がすと、粘着に小さな証拠が集まる。
13時16分。大島さんにお礼と出発を伝える。見送られながら、7泊お世話になった「美国漁港海岸緑地広場」を出発する。

ステッカーの補給──余市の買い足し
13時45分、「ヤマト運輸 余市営業所」で追加発注のステッカーを受け取る。昨日、一徳さんに最後の一枚を渡して、手元はゼロだった。束の厚みが手の中に戻る。

「イオン余市店」で食材を買う。アルミ缶のリサイクルボックスに、空き缶を落としていく音。
すぐ近くの「ツルハドラッグ余市店」ではフェイスシートとボディーシート、それと氷。冷たいものを冷たいまま運ぶための、小さな準備。
「オカモトセルフ余市」で燃料を満タンにする。走行距離497.7km、給油量52.88L、燃費はリッター9.4km。数字が整うと、車も少し軽くなる。
南樽市場──赤い殻と、ひとつぶの刺し身
小樽の「南樽市場」へ。尚ちゃんのところで買い物をする。

教えてもらっていた「ゴジラエビ(正式名称イバラモエビ)」が、ちゃんとそこにいる。小ぶりなのに、頭がごつくて、殻の線が鋭い。

つぶ貝を一個、刺し身にしてくれる。包丁の音のあと、皿の上の白が静かに収まる。
それから、来るたびに寄る「大八栗原蒲鉾店」で「つまみ揚げ」。紙袋が少しだけ温かい。

小樽築港──30℃の到着と、果物の手渡し
16時29分。「小樽築港臨海公園」に到着する。

外気温は30℃。さっきまでの港の涼しさが遠くなる。家庭用エアコンをすぐに入れて、車内に冷たい空気の層を作る。
しばらくすると石田さんが来る。ほぼ一年ぶり。
外で立ち話が続いて、「スイカ(でんすけ)」と「さくらんぼ」と「ミニトマト」を手渡される。重さと冷たさが手のひらに残る。
「でんすけ」は高くて買えないから、切る前から少しだけ別物に見える。すぐに食べて、赤い果肉が口の中でほどける。

17時を過ぎる。お客さんへのメルマガを作って予約完了。車内の机に、今日の海のものを並べる。
尚ちゃんのところで買った「ゴジラエビ(正式名称イバラモエビ)」と、つぶ貝の刺し身。ゴジラエビの頭は本当に形が強い。トゲがあるから、指先を少し慎重にする。
7匹のうち4匹は刺し身で、残りの3匹は冷凍へ。キャンプ場で焼く予定のものが、未来の引き出しに入る。

つぶ貝は歯に返ってくる。つまみ揚げも半分ほど。全部いきたくなるところを、手前で止める。

最後に、さくらんぼ。甘さが点々と残る。

19時10分。雲が少しオレンジ色になる。YouTubeを流していると、尚ちゃんからDMが届く。
「あれっ?」と思って外に出ると、尚ちゃんが差し入れを持って立っている。「長次郎 焼酎ハイボール」。
結局、外で一時間半ほど話す。風はまだあって、昼の熱を少しずつ崩していく。
21時14分。車に戻って、「長次郎 焼酎ハイボール」を開ける。缶の冷たさが掌に気持ちいい。口の中がさっぱりする。

今日も、ここまで。
あとがき
美国の広場の風は、幕を畳みにくくするかわりに、景色の輪郭をいつもよりくっきりさせていた。雲が直線的だったこと、低い太陽の位置、21.4℃の車内の数字。そういう細部が、7泊という長さをふわっと持ち上げる。
余市で受け取ったステッカーの束は、手の中で小さな厚みになって、次の出会いの余白を作った。スーパーのリサイクルボックスに落ちていく缶の音も、ドラッグストアで選ぶシートの手触りも、旅のほうが日常に近づいていく合図みたいだった。
南樽市場では、尚ちゃんの手元から赤い殻がこちらに移ってきて、つぶ貝が皿の上に静かに座った。小樽築港の30℃は、到着した瞬間にエアコンのスイッチへ手を伸ばさせる熱さで、そこへ石田さんの果物が加わって、車内の机が少しだけ賑やかになった。
夜のオレンジ色の雲と、差し入れの缶の冷たさ。今日という一日は、そういう手触りで置かれている。明日の行き先の名前を頭の端に置きつつ、いまは「小樽築港臨海公園」の空気が、車の中に残っている。

北へ続く道 ─ 自作キャンピングカーで旅する日々』シリーズトップへ戻る
