電子書籍じゃなくて、あえて本を連れていく
iPadで本が読めるようになったとき、なんて便利な世の中なんだろうと思った。これで重い本を持ち歩かなくても、いくつもの本をこの電子機器ひとつからいつでも読むことができる。
でもそこから数年経ったいま、わたしは未だに本を持ち歩いている。
iPadで読書をしていたこともあったけど、気がつけば使わなくなっていた。
無意識だったけどなぜなんだろう。ということについて今日ふと考えてみた話。つまり暇だったのです。
旅をするとき、必ず本をピックアップしていく。読み終わったら旅先の気分で新しい本を購入するのも旅先の楽しみの一つだったりする。
本って日常でも旅のような非日常でも「持ち歩く」というより「連れていく」感覚に近い。ipadだと「持ち歩く」感覚しかなくて一緒に連れ立っている感じがしない。ただの感覚論だけど。
この利便性を追い求める時代に、重いけど荷物になるけど、本を持ち歩くくらいの不便さがあってもいいんじゃないかと個人的には思うんです。
大切にカバーをかけて、胸に響いたページは少し折って、たまに栞がズレてどこのページかわからなくなって、元のページを探しているうちに素通りして気づかなかった言葉に出会ったりして。
そういう手の感触が本とともにある、そういう瞬間も含めたものがわたしにとっての読書だったりするから。
そういえば「読書のいいところってなに?」とよくスレッズなんかで質問されているけど、なんだろうなー。
よく言われる「時間潰しになる」「世界が広がる」「知らない世界を知ることができる」はもちろんある。大いにある。
わたしにとっての読書の魅力は、本にはあらゆるアドバイスが転がっていて、そのアドバイスを誰かにシェアできること。本を読んでたからこそ誰かを助けられる瞬間って必ずある。自分が読んだ本で誰かを助けることができるって、それが一番「世界が広がる」ということなんじゃないかと気づいた。そんなnoteでした。
