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三井本館 江戸桜通り

東京お散歩記 19

三越本店の天女像には、しっかり時間を取ってまた会いに来ようと決める。
建物を出て、左手。
日本橋から室町コリド1に向かったらば目に入る、三井本館。威風堂々。
私がうろうろ遠回りしただけで、室町コリド一と三井本館は向かい合っている。

特別見学会などの機会を掴むことを誓いながら、タイミングが合わないのも、ご縁よね。
(数年前、新型コロナウィルス感染症騒ぎが一旦落ち着いたタイミングで三井記念美術館を訪れた。内装に端然とした、削ぎ落とされた線があって。建物の美しさにうっとりした。展示物も「そこにある」存在感が厚かった。が、やはり私は建物好き)。



ファザードの美しさよ。江戸桜通りを常盤橋方面へ歩く。

三井本館を右手に、三越本店を左手に歩くこの贅沢さ。


桜の季節であれば。そう思いつつ、建物がよく見えて、これもまた良き。


三越本店。美意識の塊。

真っ直ぐ歩道を歩くだけで「当時の日本のトップクラスの美意識と矜持」に触れられる。石造であり曳家など簡単にできるものではない。最初からこの道幅が設定されていたのだろう。人と馬車の往来の時代を考えると、思い切った幅。現代にも適応できている。
こういうのを「見通しを立て」、それが「機能した」と言うのだろう。

「江戸桜通り」の標から2、3分歩いたところに貨幣博物館。
その正面が日本銀行本店。

建物そのものが生き物のよう。

日本という生体がより健康であるために、より良い状態の血液を全身に行き渡らせるのが存在意義。という理解。
まあ脳が指令出しても、伝言ゲームで歪んだり、現場がナンだったりもしますでしょうけれども。

「日本銀行」が主語で使われるときに、それは個人ではなく「機能」だよなと、アニメ「PSYCHO-PASS」を観てしみじみしたこともある(アニメでは厚生労働省が要素だった)。


美しい建物。あんな大事なことが行われるにふさわしい場。



それはそれとして。働くお一人お一人には、いつもありがとうございます、お疲れ様です。建物に向かってだけど、お辞儀した。
出された結論や指針が私にとって不都合だったり気に食わなくても、「より良く」で頑張っておられるには違いあるまい。
健康であれ。

交差点の信号待ちで小学生が鬼ごっこ。交通量が多いところで、他の信号待ちの人を道路側に押す瞬間があってヒヤリとした。
とっ捕まえて説教する親切さを持ち合わせておらず、彼らは己の危うさを矯正する機会を失した。
私はそこまで親切ではないんだよなあ。
叱ってくれる大人は、親切なんですよ、ほんと
ただの八つ当たりとか、自己評価過大でやらかしてる人も多いですけども。

個人的な感覚として、「叱る」場面では大声は必要ないし、過去と未来の区別、あるいは「部分」と「全体」の区別がついていると思う。


この中、入れるの? 明かり取りがある。ただの装飾?

そんなことをつらつら考えながら、常盤橋を渡った。



to be continued




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