挑戦が増えない会社で、まず見直すべきは「失敗の扱い方」
「もっと挑戦してほしい」と経営が発信しているのに、現場から新しい提案がなかなか出てこない。会議でも無難な意見が中心になり、確実に達成できる目標が並ぶ。そこで経営側が「失敗してもいいから、まずやってみよう」と伝えてみても、状況はあまり変わらない。
こうした光景は、決して珍しいものではありません。
なぜ「挑戦しよう」と言っても、人は挑戦しないのでしょうか。私は、その理由の一つは、社員の意欲ではなく、組織の中で失敗がどう扱われるのかが曖昧だからだと考えています。
挑戦を増やしたいのであれば、「失敗を許す会社」をつくるだけでは十分ではありません。必要なのは、失敗を許容することではなく、失敗から学習できる組織をつくることです。
「失敗してもいい」は、意外と難しいメッセージである
心理的安全性の研究で知られるエイミー・エドモンドソンは、心理的安全性を、チームの中で対人関係上のリスクを取っても安全だと共有されている状態として捉えています。彼女の研究では、心理的安全性はチームの学習行動と関連し、その学習行動を介して成果にもつながることが示されています。*1
日本企業を対象とした研究でも、同様の傾向が確認されています。牛丸元氏らがメーカーの従業員1,131人を分析した研究では、職場の心理的安全性が高いほど、「知の探索」と「知の深化」の双方が高まる傾向が確認されました。*2
ただし、ここで注意したいのは、心理的安全性とは「何をしても許される状態」ではないということです。
むしろ重要なのは、異論を言えること、分からないと認められること、うまくいかなかった事実を隠さず共有できることです。2025年の国内レビューでも、心理的安全性が低い職場では、学習行動やミスの報告が減少し、組織内の沈黙が増えることが指摘されています。*3
つまり、経営が本当に恐れるべきなのは「失敗が起きること」ではありません。失敗した事実が表に出ず、組織が何も学ばないことです。
すべての失敗を同じように扱ってはいけない
とはいえ、私は「失敗をもっと褒めよう」という議論にも慎重です。
準備不足による失敗、同じミスの繰り返し、必要な確認を怠った結果としての失敗まで、「挑戦したから仕方ない」で済ませてしまえば、組織規律は弱くなります。
一方で、十分に仮説を立て、考えられるリスクを抑え、小さく試したにもかかわらず、未知の領域ゆえに結果が出なかったのであれば、その失敗は意味が違います。
組織研究でも、この区別は重要です。出口弘氏は、組織の失敗を考えるうえで「創造的逸脱」と「破壊的逸脱」を区別する必要性を論じています。*4
経営がすべきことは、失敗を一律に肯定することではありません。
どの失敗は許容され、どの失敗には改善を求めるのか。その境界線を明確にすることです。
この境界線が曖昧な組織では、社員は合理的に安全策を取ります。経営者が「挑戦しろ」と言っていても、評価会議で失敗だけが切り取られるなら、社員が見るのは経営者の言葉ではなく、実際の評価行動だからです。
挑戦を増やすなら、「評価」より先に「学習」を設計する
ジェームズ・マーチは、組織学習を「探索(exploration)」と「深化・活用(exploitation)」という二つの活動から捉えました。既存のやり方を磨く活動は短期的に成果が見えやすい一方、新しい可能性を探る探索には不確実性が伴います。そのため組織は放っておくと、目先の成果が出やすい深化へと偏りやすくなります。*5
ここに、挑戦を阻む構造的な問題があります。
挑戦には失敗が含まれる。しかし、人事評価はどうしても結果を評価する。すると合理的な人ほど、成功確率の高い仕事を選ぶようになります。「挑戦する人を増やしたい」という経営の意思と、「確実に成果を出した人を評価する」という制度運用が矛盾してしまうのです。
だからこそ、挑戦する組織をつくる際には、成功・失敗という結果だけではなく、その挑戦から何を学び、次の意思決定をどう変えたのかを見る必要があります。
例えば、新規施策が失敗したとき、「誰の責任だったのか」で議論を終わらせるのではなく、当初どんな仮説を置いていたのか、どの前提が外れたのか、次回は何を変えるのかまで振り返る。さらに、その知見を本人だけに閉じず、他部署や次のプロジェクトにも残していく。こうして初めて、個人の失敗が組織の学習資産に変わります。
組織学習研究でも、単に問題を修正するだけではなく、行動の背後にある前提や規範そのものを問い直すことの重要性が議論されてきました。*6
「挑戦しろ」と言わなくても挑戦する会社へ
経営者として自戒したいのは、組織の行動は、経営が掲げた言葉以上に、実際に何を褒め、何を咎め、誰を登用したかによって形づくられるということです。
「挑戦しよう」というスローガンを掲げながら、失敗した人だけが評価を下げられ、無難に目標を達成した人だけが昇進していれば、組織はその矛盾を驚くほど正確に読み取ります。
逆に、挑戦そのものを無条件に称賛する必要もありません。仮説のない挑戦と、考え抜いた末の挑戦を分ける。失敗したら振り返る。そこで得た知見を次に残す。そして、学習を伴う挑戦については、結果だけで人を裁かない。
経営がそうした態度を積み重ねていけば、やがて「挑戦してください」と繰り返さなくても、人は動き始めるはずです。
挑戦する文化とは、失敗に寛容な文化ではありません。
失敗を放置せず、失敗した人を切り捨てず、そこから次の成功確率を高め続ける文化なのだと思います。
参考文献
*1 Edmondson, A. C.(1999)“Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,” Administrative Science Quarterly, 44(2), pp.350-383.
*2 牛丸元・金奉周・細田雅洋(2023)「心理的安全性が組織学習行動に与える影響」『ビジネス科学研究』12巻, pp.41-50.
*3 大塚泰正・落合由子(2025)「心理的安全性と産業保健における意義」『産業医学レビュー』38巻1号, pp.53-77.
*4 出口弘(2004)「組織の失敗と評価のランドスケープ学習」『組織科学』38巻2号, pp.29-39.
*5 March, J. G.(1991)“Exploration and Exploitation in Organizational Learning,” Organization Science, 2(1), pp.71-87.
*6 平澤哲(2007)「組織的学習についての再考察―Argyris & Schon理論の意義付けと経営学的研究の反省」『日本経営学会誌』19巻, pp.15-26.
