私は自分の『したい』を、何回却下してきたんだろう
こんにちは☺︎
おはなです。
介護福祉士として働きながら、働き方や家族のこと、自分のこと、日々の「なんで私はそう思ったんだろう?」を、noteに書いています。
私は自分の「したい」を、何回却下してきたんだろう。
最近、そんなことを思いました。
その日のお昼は、家に私ひとりでした。
冷蔵庫を開けると、昨日の残り物がある。
これでいいか。
いつもそんな感じの、ひとりごはんです。
でも本当はね。
「ハンバーガーが食べたいなぁ」って思っていました。
だけど、すぐに出てくる。
「自分ひとりのお昼だし」
「お金がもったいないし」
この理由で、私は何年もひとりで外に食べに行ったことがありません。
……なんで?
家族が「これ食べたい!」と言えば、
「いいね、食べよう!」ってなるのに。
自分が食べたいものには、
「家にあるものでいいじゃん」
「わざわざ買わなくても」
「もったいない」って、すぐ思ってしまう。
誰に言われたわけでもない。
私が、私に言っている。
そしてこれ、お昼ごはんだけの話じゃないんですよね。
欲しいものを見つけたときも、
「別になくても困らないし」
行ってみたいところがあっても、
「また今度でいいか」
ちょっと休みたいと思っても、
「これだけやってから」
何かやってみたいと思っても、
「今じゃなくてもいいよね」
そうやって、自分から出てきた気持ちを、そのたびに却下してきました。
そして最後には、
「まあ、いっか」になる。
でも、これを何度も繰り返していると、だんだん自分が何をしたいのか、分からなくなるんですよね。
「私はどうしたい?」
って聞かれても、答えが出てこない。
だって、今まで自分の「こうしたい」を聞く前に、「でもさ」って、自分で消してきたから。
でも最近、もう少し自分の話を聞いてあげてもいいんじゃない?って思うようになりました。
人に話を聞いてもらうって、うれしいじゃないですか。
「今日こんなことがあってね」
「これやってみたいんだ」って話したとき、
「でも、それはさ」ってすぐ否定されるより、
「うんうん」
「そうなんだ」って聞いてもらえたら、それだけでちょっとうれしい。
別に、何かを解決してほしいわけじゃない。
叶えてほしいわけでもない。
ただ、「そう思ってるんだね」って聞いてもらえるだけでいい。
だったら、自分に対しても同じなのかもしれないなって。
「ハンバーガー食べたい」
「でも、もったいない!」じゃなくて、
「そっか。ハンバーガー食べたいんだね」
まずは、それでいい。
食べるかどうかは、そのあと考えればいい。
「疲れた」
「でも、これくらいやらなきゃ」じゃなくて、
「そっか。今日は疲れたんだね」
「これ欲しいな」
「そんなのいらないでしょ」じゃなくて、
「そっか。これ欲しいんだね」
自分の話を聞いてあげる。
それだけでも、自分ってちょっとうれしくなるんじゃないかな。
そして、自分の話をちゃんと聞いていると、
「あ、私ってこういうものが好きなんだ」
「こういう時間が心地いいんだ」って、自分のことも少しずつ分かってくる。
もちろん、全部叶えてあげなくてもいい。
大事なのは、
自分がそう思ったことを、自分がちゃんと聞いていること。
今まで私は、自分の「欲しい」が話し終わる前に、
「でもさ」って、何度も話を遮ってきた。
私は自分の「欲しい」を、何回却下してきたんだろう。
これからは、もう少し聞いてあげたい。
「うんうん」「そうなんだ」って。
自分の気持ちくらい、遮らずに聞いてあげたいもんね。
