たくあんのサンドイッチは まだ食べたことがないんだ
「本を読む時間がない」
友人は言う
電車の中でも
人と一緒にいる時でも
視線はスマホに向かっている
ショート動画は
たった1分で世界を見せてくれる
1分で笑える
1分で驚ける
1分で知らない世界を覗くことができる
30分あれば
いくつもの世界を渡り歩ける
一方で 本はそうはいかない
1分では 物語は始まったばかりだ
30分あっても
1冊読み終わらないこともある
そう考えれば
短い時間で多くの情報を得られるものへ流れるのは自然なことだと思う
でも 不思議なことに
子どもの頃に読んだ本の一場面を
大人になった今でも覚えていることがある
私の場合 それは
たくあんとマヨネーズを挟んだ黒パンのサンドイッチだった
「霧のむこうのふしぎな町」
という作品に出てくる
本屋のナータが美味しそうに食べる
斜め上な食べ物
実物を見たことはない
作ったこともない
なのに
なぜか今でも頭の片隅に残っている
たぶん理由は
変だったから
黒パンにたくあん
そこにマヨネーズ
子どもの私には
その組み合わせが異物に見えた
でも その異物が
その作品の世界へ入るための
小さな鍵になった
私は子どもにその本を紹介するとき
「この本にはね
たくあんとマヨネーズを挟んだサンドイッチが出てくるんだよ」
と伝えた
実際にその本を読んだ時
「あった!」
と見つける
まるで宝探しで
お目当てのものを発見したような気持ちになる
ただ読むだけではなくなる
自分だけの目印を持って
物語の中を歩くことになる
私はなぜ
この作品が好きだったのか
たぶん私は
知らない世界へ迷い込んだ主人公の成長が好きなのだ
突然 今までと違う場所へ行く
知らない人たちに出会う
分からないことだらけの中で
少しずつその世界を理解していく
それは 私自身にも少し重なる
田舎から大都会へ出てきた時
同じ日本なのに
別の世界へ来たような気持ちになった
人の多さ
街の速さ
知らないルール
知らない人たち
まるで
霧の向こう側へ迷い込んだようだった
いろんなものを観察し
いろんな人に出会い
自分の居場所を作っていった
思い返すと
私は昔からそういう物語が好きだった
本は
情報を効率よく受け取るためだけのものではない
時々
理由も分からないまま
心の中に 何かを置いていく
それが
何十年後かに
突然フラッシュバックしたりする
役に立つかどうかは分からない
でも
確かに残っているもの
短い時間で
たくさんのものを見る
それもひとつの楽しみ方だと思う
でも
長い時間をかけて
ひとつの変なものを拾う
そんな時間も悪くない
【マタギの脳内サバイバル】
本からは
情報収集だけではなく
心に残る
愛すべき変なものを拾う
私も
誰かの心に残るものを
そっと置いていきたいものだね
霧の向こう側は
いつも同じ場所にあるわけではない
子どもの頃
霧の向こう側は
大都会だった
東京で暮らす今では
門限ギリギリまで走り回っていた記憶や
夏の匂いがする田舎の風景の方が
霧の向こう側に見える
自分が変わると世界の見え方も変わるんだ
これは成長なのか それとも哀愁なのか
今年の夏は 本を片手に
霧の向こうのあの町へ
遊びに行ってこようと思う
