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憧れと 失恋の深紅

私は 匂いに 殴られる

タバコの臭い 汗臭 カビ臭
不快な臭いがあるのは 万人共通だろう

世に溢れる「良かれと思って」付けられた人工的な香料

芳香剤の暴力的なまでの華やかな香り
すれ違う誰かの香水の余韻

それらも私にとって 心地よい演出などではなく 脳を直接殴打してくるノイズでしかない


例えば 子供の服を貸した時

丁寧に洗って返してくれたその「ご厚意」に宿る 強烈な柔軟剤の匂い

その親御さんの誠実さを理解しているからこそ 私の鼻腔が悲鳴を上げる事実に 胸がチリリと痛むのだ

それは 重度の花粉症を抱える人の真横に

外でたっぷりと花粉を吸い込んだ服のまま
ふわりと腰を下ろすようなもの

悪意がないからこそ 逃げ場のない地獄がそこには完成している

江戸の循環型生活に思いを馳せれば 香りはもっと淡く 命の匂いがしていたはずだ

レンジも掃除機も持たない私の生活において
ケミカルな香りは 静寂を切り裂く不協和音になる


そんな私が ある日 画面越しに恋をした

ワインのデキャンタを模した それはそれはお洒落な 高級ディフューザー

「一度 その香りを嗅いでみたい」

そう願ったわずか二日後 子供の友人の家で
私はその実物と対峙することになる

玄関の飾り棚 他を寄せ付けない圧倒的な「主役」の顔をして それは置かれていた
重厚なガラス瓶の奥で ルビーのように妖しく光る液体

運命の歯車が「カチリ」と音を立てた瞬間だった

念願叶って その芳香を肺に注ぎ入れる

素晴らしく 気高く 芳醇な香り

けれど 私の脳が下した判断は 驚くほど冷徹な「拒否」だった

その香りの「圧」が あまりにも強すぎたのだ

「至高の逸品」なのは間違いない

けれど 静かに余生を過ごす老猫と
広くはない我が家

私のいるフィールドにおいて その重厚な主張は 守るべき静寂を乱す侵入者になり得る

いいものを「知ること」と
「持つこと」は 全く別の次元の話

そう これは一種の「失恋」…


去り際の潔さも 江戸へのリスペクトを胸に持つ私の「粋」なのだ


【マタギの脳内サバイバル】
憧れは 遠くで見てる方がいい時もある


余韻のままに

今は 加賀棒茶の茶葉の香りが
静かに部屋を満たしている


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