異文化は 海を越えなくてもいい
中学生のころ
韓国の子と
交換留学をした
ホストファミリーが
いろいろなところへ
連れて行ってくれた
その中のひとつが
ロッテワールド
私には
ひとつ記憶に残っていることがある
ホストファミリーは
小柄な一家だった
そして私は
当時から
背が高かった
チケットを買う際
学生だと言っても
信じてもらえなかった
身分証を
見せた記憶がある
遊園地に来ただけなのに
突然
「あなたは本当に
中学生なのか」
という
本人確認という
サブミッションが
始まってしまった
身長で
人間の年齢まで
勝手に推測される
これもひとつの
異文化体験だったのかもしれない
いや…違うか
たぶん
ただ私がデカかっただけだ
今は170cm
でも
最近になって
別の意味で
「異文化」というものを
考えるようになった
海外へ行かなくても
人の家に行けば
そこには
その家の文化がある
友達の家に泊まって
「大皿から取り分けて食べるんだ!」
とか
「おばあちゃん 朝からお着物なんだ!」
とか
「起きたら
歯を磨くんだ!」
とか
「トイレの蓋 閉めないんだ!」
とか
自分の家では
当たり前すぎて
文化だとも
思っていなかったものが
他人の家に行った瞬間
異文化 になる
家庭というのは
ものすごく小さな
異文化圏なのだ
そして
猫を飼っている家には
また別の文化がある
猫を吸う
これはもう
猫飼い文化だ
同じ日本に住んでいても
家の中に入れば
その家の文化が
いくらでも出てくる
子どもが友達の家に泊まり合うことも
ちょっとした
異文化交流なのかもしれない
海外旅行じゃなくても
飛行機に乗らなくても
国境を越えなくても
自分の「当たり前」は
一度 外に出て
「うちと違う」を知ること
それだけで
自分にとっての当たり前も
客観的に見えるようになる
【マタギの脳内サバイバル】
異文化は 海を越えなくても
存在する
家が違えば
文化が違う
人が違えば
当たり前も違う
「当たり前」は
その家だけの
ローカルルールなのかもしれない
良い方法は
どんどん取り入れる
我が家の
文化維新である
