モノの定位置があるだけで 遠くを見られる
引っ越しをして
改めて思ったんだ
モノの定位置って
ものすごく大事だと
今の私は
家の中にあるものを
探している
ハサミはどこ
充電器はどこ
あれはどこに置いた
これはどこに入れた
毎日
小さな捜索活動をしている
そして
そのたびに思う
…疲れる
モノがないからではない
「どこにあるか分からない」
「置き場所が決まってない」
という状態が
ものすごく疲れるのだ
普段の私は
財布はここ
鍵はここ
書類はここ
バッグはここ
と
だいたい決まっている
だから
何も考えなくても
生活が回る
モノを探すというロスがない
「次は何をしよう」
と考える余裕がある
でも今は
違う
物を探す
見つからない
別の場所を探す
あった
でも今度は
さっき使ったものがない
これを
頻繁にやっている
人間の脳って
思っている以上に
「探す」という作業で
容量を使う
モノの定位置が決まっていると
「探す」という仕事を
しなくていい
だから
余った脳みそで
別のことを考えられる
空を見たり
植物の新芽に気付いたり
人の表情を見たり
ふとした違和感を拾ったり
面白いことを考えたり
生活が整っている人は
時間だけではなく
心の視野も広いのだと思う
モノの定位置は
片付けのためだけにあるのではなく
「考えなくていいこと」を
増やすためにある
鍵はここ
財布はここ
書類はここ
そうやって
生活の細かい部分を
オートモードにしていく
すると
少し先を見ることができる
今の私は
引っ越し直後で
目の前のことで精一杯だ
ダンボールを潰して
家具を探して
植物の世話をして
ご飯を作り
学校の手続きをして
業者に来てもらって
探し物もする
そりゃ
心の視野も狭くなるわ
今は
目の前のことを
一つずつ
片付けていくフェーズ
でも いつか
定位置が決まって
生活のルーティンが戻って
家が落ち着いたら
また
遠くを見られるようになる
「今日は何を書こうかな」
とか
「この植物かわいいな」
とか
「そういえば
あの違和感って何だったんだろう」
とか
そういう
生活の役には立たないけれど
人生をちょっと面白くすることを
考えられるようになる
私は
定位置を作る
部屋を綺麗にするためではない
自分の頭の中に
余白を作るためだ
【マタギの脳内サバイバル】
モノの定位置が決まると
生活が回る
心に余白ができて
少し遠くを見られる
余談だが
私は 狭い家でもすっきり暮らせていた
しかし
家族が四人もいれば
モノ自体は少なくない
特に
子どもの学用品というものは
なぜあんなに多いのだろう
夏休み それを全部持って帰ってくる
…なぜだ!
私自身は
ミニマリストとかシンプリスト
というよりは
モノの居場所を決めるのが
ものすごくうまい人だったらしい
引っ越して
それが初めて分かった
