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解体の日、業者さんが「ここ、いい家でしたね」と言いました

※本作はフィクションです。

父が亡くなって三年。
誰も住まなくなった実家は、とうとう解体されることになった。

立ち会いは私一人でいい、と決めていた。
母はもういないし、弟は仕事で来られない。
それでいいと思っていた。

重機が来る前に、最後にもう一度だけ中を見せてもらうことにした。

家具はとっくに運び出されていて、部屋はどこもがらんとしていた。
それなのに、居間の隅に立つと、母がそこに座って新聞を読んでいた姿がふっと浮かんだ。
冬になると、母はいつもこの場所にこたつを出していた。
私が学校から帰ると、母は顔も上げずに「おかえり」とだけ言って、
みかんの入った籠を指差した。
それだけのやり取りを、何百回繰り返しただろう。

二階の私の部屋だった場所には、壁に小さな傷がいくつも残っていた。
ポスターを貼っては剥がした跡だ。
あの頃は、こんな部屋を出ていくのが待ち遠しくてたまらなかったのに。

作業を始める前、現場責任者だという年配の男性が、
養生シートを運びながら私に声をかけてきた。

「お住まいの方、いらっしゃらないんですね」

「はい。もう三年、空き家で」

男性は玄関の靴箱に手をかけたまま、少し手を止めた。

「この靴箱、扉の建てつけ、丁寧に調整されてますね。
うちも古い家をよく解体しますけど、こういうのは珍しいんですよ」

そんなこと、考えたこともなかった。
父が日曜大工が好きだったのは知っていたけれど、
それが「丁寧」だなんて、家族の誰も言ったことはなかった。

「お父様が、ご自分で?」

「そうだと思います。日曜大工が趣味だったので」

男性はうなずいて、それ以上は何も言わず、作業に戻っていった。

重機が壁に近づいていく音を聞きながら、私は靴箱のことを考えていた。
扉がすっと閉まる、あの感触。
子どもの頃、何百回と触れてきたはずなのに、一度も気づかなかった。

解体は思ったより早く終わった。
土埃が収まった頃、さっきの男性がヘルメットを取って、
私のところに歩いてきた。

「ここ、いい家でしたね」

それだけ言って、彼は他の作業員のところへ戻っていった。

更地になった場所には、もう何も残っていなかった。
靴箱も、玄関も、こたつのあった居間も、壁の傷も。

私は振り返らずに、駐車場へ向かって歩き出した。

自分の家族の「当たり前」は、
他人の目を通して初めて、特別なものだったと気づくのかもしれません。


矢部敏明
株式会社オーマイホーム 代表
不動産歴30年以上・開業14年
2025年に母を見送り、自身も相続当事者となる。
現在は吉川市・松伏町・越谷市を中心に、相続不動産の無料相談を受けている。

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