第1章:出会いの光、予兆の影~義実家・離れ居候生活~
【序 侵入(敵陣突入)】
仏間の欄間に、遺影がずらりと並んでいました。
十人ほど。
いや、もっといたかもしれません。
みなさん無言で、こちらを見降ろしています。
……僕はまだ、この家の住人ではありませんでした。
そもそも、まだ結婚もしていません。
ただ、
これから結婚する予定の彼女の実家に、
僕は単身で乗り込んでいたのです。
新婚初陣。キッチンはすでに関ヶ原だった。
そもそも、僕らは電撃結婚というやつでした。
お互い京都の通信大学の学生同士で、夏のスクーリングで出会った。
出会って数回、ほんと二〜三回会っただけで「結婚しよう」となった。
お酒も手伝って、その夜はずいぶん景気よく話が進んだ。
夏の夜の熱と、若さ特有の勢いと、たぶん少しの勘違い。
そんなものが全部まざって、そのまま未来まで話が飛んだ。
若さってすごい。盛り上がると、そのまま人生にゴールインしてしまうらしい。
彼女は新潟、僕が沖縄という、まさに遠距離。
今思えば、叔父たちが止めた理由、今ならよ〜くわかる(笑)。
僕は彼女の住む新潟に行くと決めて、
本当はすぐに僕の地元沖縄に連れてきたかった。
でも、彼女は一人娘で母子家庭育ち。
「しばらくは向こうにもちゃんと貢献してから」
なんて、今思えばカッコつけてた。
仕事を辞め、アパートも引き払い、荷物は段ボール数個。
「とりあえず彼女の実家に身を寄せて、新生活の拠点を整えよう」
そんな段取りで乗り込んだら、義母の“神配慮?”が発動していました。
「あなたのために借家を用意しました」
【破 恐怖(仏間完全包囲網)】
そう言われて案内されたのは、義母の知人が所有する使っていない一軒家。
正直、ありがたい話のはずでした。
ただ中に入ってみて、空気が変わる。
目に飛び込んできたのは、仏間の欄間にずらりと並んだ遺影の皆様方。
ほのかに線香の香りが漂っている。
静かすぎる部屋。
古びた畳に足を置けば、わずかにきしむ音。
薄暗い部屋の欄間から、何人もの「先に逝った方々」が、無言でこちらを見降ろしている。
これはもう、完全包囲網状態の借家。
どう考えても、「ここでヘマしたら◯腹もの」の空間。
心なしか、睨まれてる?
しかも、まだ籍を入れていなかった僕に対して、義母からの下知。
「入籍までは枕を共にするな」
つまりこの完全包囲網状態の借家で、僕ひとり暮らしスタート。
いきなり敵陣奥に一人取り残されている。
そんな話ある?
夕方になると空気が変わった。
借家のご先祖様たちの気配が濃くなる。
睨みも濃くなっている。そんな気がする。
僕はこう見えて敏感なタイプで、目に見えなくても“何か”は感じてしまうんです。
そんな僕に気が付いている借家のご先祖様方。
そりゃそうでしょ。
御歴々は皆、紋付の着物のいでたちなのに、俺ジーパン。
ごめんなさい。
とうとう耐えきれず、車に飛び乗って夜の街へ。
ラーメン屋で腹を満たして、朝まで無料駐車場を転々。
車内で
「何してんだ俺」
と自問しながらも、仏間には帰れませんでした。
【急 屈服(義母審問)】
翌朝。
意を決して、義母に申し出ました。
「大変申し訳ないのですが、あの家には、ちょっと、住めま……」
その瞬間、義母の表情がスッと冷えました。
まるで冷蔵庫の扉が、心の中でバタンと閉まる音が聞こえたようでした。
「あ・な・た、何言ってるの!? ようやく借りた家なのよ!!」
「いや、あの、それが、遺影が」
「はあ〜〜??イエイ…?」
「いや、そっちの v( ̄Д ̄)v Yay!! ではなくて」
必死に説明するも、
「睨まれてる気がするからムリです」
なんて、すでに顔がホラー状態の義母には当然まったく言えるわけもなく、通じるはずもなく。
結局、僕は居間の廊下で土下座タイム第二幕へ。
(今度は生きた人間相手だけど、こっちもわりとリアルに怖い。)
「アパートが見つかるまで、どうか、ここに置いていただけないでしょうか」
「切に、切に、お願い申し上げまする!」
床に手をつきながら、心の中では、誰か助太刀を、と祈っておりました。
小一時間の粘り交渉の末、ようやく義実家の「離れ」を確保。
こうして始まったのが、義実家・離れ居候生活。
もちろん、そこも一人部屋。
清く正しい「仮の夫」生活です。
こうして僕の新婚準備期間は、
仏間から逃げ出し、離れに転がり込む“引っ越し初日”の延長だった。
荷ほどきする気力もなく、
ダンボールの上に腰を下ろし、
「ここが今日から家か?
いや、仮の家か!?」
と、つぶやく夜。
静かなのに、胸の中だけざわざわしている。
それでも、とりあえず眠れる場所を確保すること。
それが、あの夜の僕にできる、
いちばん人間らしい仕事だった。
離れに住み始めて、翌日から僕は住まい探しと就職活動に動き出しました。
こっちの土地は初めてだから不安もあったけど、
「よし、ちゃんと形にしていこう。俺はできる子。」
と、気持ちは前向きでした。
しかし、その日の夕方。
義母から
「ちょっと来て」
と呼び出され、居間に通されました。
(あれ? 今日は何かやらかしたかな?)
と構えていると、義母がさらりと言いました。
「さっそくだけど、あなた、今までの女性経験、何人?」
はい?
え?
脳が処理を拒否して、数秒。
「はい?」
「だから、何人なの?」
来た。
義母式スピリチュアル・審問の儀。
審神者(さにわ)か。ここは出雲か。
いや、違う。
ここは
大奥・義母の間。
僕は頭の中で考えました。
この質問に、正解ってあるのか?
少なすぎても怪しい。
多すぎても問題。
適切な人員数って、どこかにマニュアルあるの?
悩んだ末、やや適当に、
「四人です」
と答えました。
その瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
怒りでもない。
恥でもない。
ただ、何かが自分の中で、下から押し上げられてくる感覚。
この家には、まだ見えない秤がある。
僕はその上に、そっと乗せられた気がしました。
すると義母が、すぐに言いました。
「一番直近は、いつ?」
速攻。
これは拷問なのか?
でも四人って、多かったのかな?
少なかったのかな?
適切な人数って、どこかにマニュアルあるの?
それでも、
こんなのありかよ!!
堪忍の袋は、破れたら縫っておく。なるべく破かない。
そんな独語のような呪文を心の中で唱えつつ、
適当な時系列を答えて、なんとか逃げ切り。
義母は満足げに頷いていました。
でも僕の中では、何かがざわざわと揺れていた。
あのとき僕は、質問に答えながらも、
実は自分の「もっと下の部分」がざわついていた。
男の見栄でも、倫理でもなく、
ただ、生き残りたいという本能のようなものが、
僕を適当な数字へと誘導していたのだろう。
当時の僕は、そんなことを考える余裕などなかったけれど。
世の中には、ほんと、すごい人がいるもんです。
【余韻 転機(キッチン関ヶ原)】
その晩。
彼女が仕事から帰ってきた。
でもさすがに、
「ねぇ、君のお母さんに性歴(※性の履歴)聞かれたよ」
なんて言えるわけがない。
何事もなかった顔で、義母が用意してくれた夕飯をいただくことに。
「お、おいしいですね(;^_^A」
(心の声:へぇ〜、レトルト!)
心の声、
「ん〜〜敵ながらあっぱれ。まさかの関ヶ原・レトルト攻めとは!
毎夜の逆・兵糧攻め?いやいや、これは夜襲じゃ?」
思考の中で太鼓が鳴る。
ドン・ドン・ドン。
関ヶ原。
そこで僕は一計を案じた。
「あのー、もしお義母さんさえよろしければ、なんですが」
「なによ、まわりくどいわね」
「ぼくが、夕飯、作りましょうか?」
瞬間、台所のフライパンたちが、静かにこちらを振り向いた気がした。
義母は、あっさりと快諾。
「え? いいの? 断られずに済んだ!?」
正直、ちょっと驚いた。
(あの冷蔵庫顔からの、急転直下のゆるさ、なんなん?)
こうして、約二か月にわたる「義実家・離れ居候生活」が、本格スタートすることとなった。
その頃の僕はというと、
掃除もまめにこなし、与えられた生活をそれなりに楽しんでいた。
この離れ、実は義祖父様の私室だったらしく
棚には見たことのない書物、古びたカメラ、
そして掛け軸や、手入れの行き届いた坪庭の置き石など、
なんとも好奇心をくすぐる空間だった。
ただ、しばらく使われていなかったようで、
全体に少し埃っぽい。
喘息持ちの僕は、
くしゃみを連発しながら、自然と「掃除夫モード」に突入。
こうして、義母の冷蔵庫の扉は一旦そっと閉じられ、
僕の“仮夫生活”は、離れで静かに幕を開けた。
この時の僕はまだ知らなかった。
朝な朝なの雑巾がけが、
のちに娘たちの未来を開く“抜け道”になることを。
そして、柱を撫でながらぼそりとつぶやいた一言、
「いつかここで、コーヒーでも淹れたいな」
この願いが、最後のページで叶うことも。
この何気ない日々の積み重ねが、のちの“離れ太夫の恩返し”へと静かにつながっていくことを、このときの僕は、まだ知らなかったのです。
章あとがき:布陣こそ、勝利の初手
徳川家康公が関ヶ原を制したのは、戦場に立つ前から「戦を戦として捉えていた」からだ。
敵の布陣を調べ、味方の配置を整え、寝返りすらも計算に入れた。
生きた情報を集め、分析し、勝つための策を練る。
家康公は、まさに情報戦に長けていたのではないだろうか。
つまり、戦いは布陣を描く前から始まっていたのである。
一方あの頃の僕は、浮かれ気分の花畑男だった。
戦場を戦場と見ずに乗り込み、遺影の並ぶ仏間に腰を抜かし、義母の審問に青ざめ、布陣どころか策の「さ」の字もなかった。
僕が躓いたのは、戦場を戦場と捉えていなかったこと。
敵を知り、戦場を知り、布陣を考え、策を練る。
その当たり前を、全くしていなかったのだ。
けれど今振り返れば、
あのときの僕は、すでに自分の内側でも戦っていた。
質問に答える口とは別に、
もっと下のほうで、
ただ必死に「ここで生き残れ」と叫ぶ声があった。
感情よりも深く、
理屈よりも先に動く何か。
あのざわつきの正体を、
僕はまだ知らなかった。
さて、あなたはどうだろう?
いま立っている場所を、戦場と捉えていますか?
※関ヶ原の合戦とは?
1600年、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が激突。
家康は布陣を徹底し、さらに小早川秀秋らの寝返りを計算に入れて勝利。
この戦いが、後の江戸幕府の礎となった。
巻末のレシピ:【焼きカレー(オーブントースター可)】
材料
・レトルトカレー:1袋
・ごはん:1膳
・卵:1個
・ピザ用チーズ:たっぷり
・パン粉 or 刻んだ食パン耳:少々
作り方
1.耐熱皿にごはんをよそい、レトルトカレーをかける。
2.卵を落とし、チーズをのせ、上からパン粉を散らす。
3.トースターで10〜12分、表面が焼けるまで。
※この一手間で「またカレー?」が「おっ!」に変わる。義母が見てても胸を張れ!
台所・心の一句:「レトルトや ひと手間加え 胃をつかむ」
第二章
