【青空の下のランタン #001】人生後半の旅は、遅れて始まるくらいがちょうどいい(楽曲付き)
このエッセイには、私が作曲したインストルメンタルを添えています。
第1曲は、新しい旅へ出発し、明るい未来へ前進していく曲です。
よろしければ、音楽と一緒にお読みください。
再生ボタンを押すと、最初の音が静かに流れ始めた。
私は、しばらく机の前から動けなかった。
窓の外には青空が広がっている。
昼間なのに、机の隅ではランタンが灯っていた。
消し忘れたのではない。
なぜか今日は、消したくなかった。
曲は、まだゆっくりだった。
遠くから、小さな足音が近づいてくるように聞こえた。
私は目を閉じた。
すると、見たことのない一本の道が浮かんだ。
道の両側には緑の草原が広がり、その先には、屋根の低い古い町が見える。
空は、どこまでも青かった。
道の入口には、小さな立て札がある。
けれど、何と書かれているのかは読めない。
その前に立っているのは、若いころの私ではなかった。
白髪が増えた、62歳の私だった。
手には、小さなランタンを持っている。
荷物も、それなりに重い。
背負っているのは、着替えや食べ物だけではない。
うまくいかなかった仕事。
信じた人に裏切られた記憶。
守れなかった約束。
家族に言えなかった不安。
「あのとき、別の道を選んでいたら」
そんな、今さら役に立たない後悔まで詰め込まれていた。
ずいぶん重い荷物だった。
それでも私は、下ろそうとは思わなかった。
ここまで持ってきたものを全部捨てたら、今の私までいなくなるような気がしたからだ。
曲の音が、少しずつ大きくなっていく。
さっきまで遠くにあった足音が、私のすぐそばまで来ていた。
前へ。前へ。

誰かに急かされている音ではなかった。
「もう行ってもいい」
そう背中を押してくれるような音だった。
若いころ、出発には勢いが必要だと思っていた。
迷わず決めること。
振り返らないこと。
できるだけ早く目的地へ着くこと。
それが、前へ進むということだと思っていた。
けれど、62歳になった私は、何度も後ろを振り返る。
家族は大丈夫だろうか。
この道で本当にいいのだろうか。
また失敗するのではないか。
そもそも、この年齢から始めて何になるのだろう。
一歩を出す前に、いくつもの声が足を止める。
その中で、いちばん大きく聞こえるのは、たいてい自分の声だった。
「もう遅い」
私は、その言葉をずっと信じてきた。
けれど、曲を聴きながら青空を見ていると、少しだけ違う気がしてきた。
遅れたのではない。
ここへ来るまでに、時間がかかったのだ。
若いころには見えなかったものがある。
家族の食卓に人がそろうこと。
何も起きない一日が終わること。
誰かが自分の文章を読んでくれること。
名前も知らない人から、温かな言葉が届くこと。
以前の私は、そんな小さな出来事の横を、ずいぶん速く通り過ぎていた。
今なら、そこで足を止められる。
小さな灯りを見つけたら、しゃがんで、しばらく眺めていられる。
そういう旅なら、若いころより、今の私の方が上手に歩けるかもしれない。
曲が大きく開いた。
目の前の青空が、一段高くなったように感じた。
未来が急に約束されたわけではない。
不安が消えたわけでもない。
道の先には、きっとまた坂がある。
雨も降る。
迷う日もある。
それでも、少し見てみたいと思った。
この道を歩いた先で、62歳の私が何を見つけるのか。
誰と出会うのか。
どんな灯りの前で足を止めるのか。
私は椅子から立ち上がり、窓を少し開けた。
外の空気が、机の上を通り抜けた。
置いてあった紙の端が、かすかに揺れた。
ランタンの火も、小さく揺れた。
けれど、消えなかった。
出発とは、遠い場所へ行くことではないのかもしれない。
昨日まで動かなかった自分が、今日、一歩だけ足を出す。
それだけで旅は始まる。
早く始めた人には、早く始めた人の景色がある。
遅く始めた人には、遅く始めたからこそ見える景色がある。
私は机の上のランタンを手に取った。
昼間だから、灯りはなくても歩ける。
それでも、私は灯したまま持っていくことにした。
これから先、青空ばかりではないことを知っているから。
そして、暗くなったときにも、自分が出発した日のことを思い出せるように。
曲は、まだ前へ進んでいた。
私も、ようやく片足を道の上へ置いた。
人生後半の旅は、遅れて始まるくらいがちょうどいい。
ここまで生きてきた時間を、全部連れて行けるから。

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【青空の下のランタン #002】
昼なのに灯るランタンを、私はまだ消せずにいる
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