たまにやって来る父が嫌いでした。#1
今日は私の幼少の頃の父との事を書いてみます。
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私は、昭和47年生まれの53歳
京都市で生まれ、母一人子一人の母子家庭に生まれました。
今ではシングルマザーと言う言い方も当たり前になりましたが、
当時はまだそんな言葉はなかったです。
母は40歳の時に私を産みました。
現在では40歳以上の出産も増えてきましたが、
昭和40年代だとまだ丸髙(マルコウ)と言われ
リスクの高い高齢出産でした。
母は一度結婚しており、
その際、妊娠しているのですが
当時の経済事情により出産を諦め中絶をし、
その後2度目の出産で生む準備を整えたそうですが
1度目の中絶の影響で2度目は死産だったそうです。
その後、当時のご主人とは離婚されて
独り身になってから京都に移り住んだと聞いています。
その京都の土地で知り合ったのが私の父でした。
母の京都時代は夜のスナックでホステスとして働いており
父はそのお店のお客でした。
父から見そめられて付き合うようになったそうです。
「見そめる」と言っても
父には既にご家庭があり
奥様に3人のお子さんがいらしたそうです。
今も昔も立派な「不倫関係」と言うところで
私を授かったそうです。
父は母にとても惚れ込んでいたそうでして、
母が私を身籠った事もとても喜んでくれていて「おお〜、産んだらええよ!」と後押ししたそうです。
昭和の時代は「浮気は男の甲斐性」などと言う時代でしたので
世帯持ちの男が外に愛人を作り、出来た子供を産ませる!などとは
我が父ながら今では考えられないとんでもない無責任男だと思います。
幼少期の私はそんな大人の事情はもちろん知りませんでしたし、
父と言っても御本家ある身ですので一緒に住んでもいませんでした。
私は母一人子一人に慣れておりましたので、
父のいない家庭環境を不思議に思うこともありませんでした。
そんな平和な母と子の水いらずをよそに
月1回ほどのペースでやって来るんです
【お父さん】と言う私にとっては不慣れな大人が…
「たかちゃん!今日お父さん来るからね」そう母に言われると
内心はゲンナリしていたのを覚えています。
父はこちらの家に来ても私を抱き上げて
可愛がってくれるそぶりも無かったですし
私に話かけて来ることは記憶していないので
父が来ている時は子供ながらに
息が詰まりそうなほど苦手な人でした。
一緒に住んでいないのですから
父と子の関係も深まるはずもありませんね。
ましてやあちらのご家庭には私の腹違いの兄弟が3人いる様なので
既に子育ては眼中になかったのではないでしょうか?
毎月やってくる「お父さん」と呼ばなければいけない
私のとても苦手な人が来る時は、
夕食がいつもより豪華だったのを覚えています。
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