答えは教えない。でも、考えるための「基準」は教える。
「子どもには自分で考えてプレーしてほしい」
指導を始めてから、自分もずっとそう思っています。
だから、
「自分で考えてみよう」
「もっと周りを見てみよう」
そんな声かけをすることもありました。
でも、ある時気づきました。
そもそも判断するための基準を知らない子に、「自分で考えて」と言っても難しいんじゃないか?
目次
1. 「周りを見て」だけでは変わらなかった
2. 自分は「感覚」でやっていた
3. 「考えろ」だけでは考えられない
4. いい選手は「形」を持っている
1. 「周りを見て」だけでは変わらなかった
練習中、相手の前をフラフラしながらボールを受けようとする子がいました。
当然、相手からすれば捕まえやすい。
パスが出てもインターセプトされてしまいます。
自分も何度か伝えました。
「周りを見よう」
「考えて動こう」
でも、なかなか動きは変わりませんでした。
今考えれば当たり前だったのかもしれません。
「周りを見る」ことは分かっても、何を見るのか、見たあとどうするのかを知らなかったからです。
そこで伝え方を変えてみました。
「相手の前でフラフラしていたら、相手に捕まってボールを取られちゃうよ」
そして、
「相手にコントロールされるんじゃなくて、自分が相手をコントロールしてみよう!」
と伝えました。
すると、少しずつ立ち位置が変わってきました。
最初からボールと相手の両方が見える場所に立つ。
相手との距離を見ながら動く。
そして、相手が嫌がる場所でボールを受けようとする。
自分が「ここに立って、こう動いて」と一つひとつ答えを教えたわけではありません。
「何のためにその立ち位置を取るのか」という基準を一つ渡しただけです。
そこから、その基準を意識しながらボールのもらい方を何度も反復してもらいました。
2. 自分は「感覚」でやっていた
面白いのは、これが自分にとっては特別なことではなかったことです。
自分がプレイヤーとしてボールを受ける時も、
相手の位置を見て、
相手を動かして、
逆を取ったり、
自分が有利になる場所で受けたりする。
相手をコントロールしながら受けるイメージを持っています。
でも、それをいつ覚えたのかと言われると難しい。
誰かに教えてもらったのかもしれない。
何度もプレーする中で身についたのかもしれない。
自分の中では、いつの間にか**「感覚」になっていました。**
だから指導者になった時、その感覚をそのまま子どもに求めてしまっていたんだと思います。
3. 「考えろ」だけでは考えられない
ここで自分の中の「考えさせる」という意味が少し変わりました。
もちろん、試合中に指導者が、
「そこに立って!」
「右にパス!」
「次はここ!」
と全部答えを教えていたら、自分で判断できる選手にはなかなかなれないと思います。
でも逆に、
何も教えずに「自分で考えろ」というのも違う。
ある程度の「答え」や「基準」を知らなければ、そもそも子どもは何を基準に考えればいいのか分かりません。
サッカーの目的は何なのか。
なぜそこに立つのか。
何を見るのか。
相手は何を嫌がるのか。
まずはそういった考えるための材料を渡す。
そして練習の中で何度もチャレンジして、成功したり失敗したりする。
その経験が積み重なって、少しずつ「考えなくても出せるプレー」になっていく。
自分はそこも大切なんじゃないかと思っています。
4. いい選手は「形」を持っている
プレイヤーとしてサッカーをしていて感じるのは、いい選手にはその人なりの「形」があるということです。
得意なボールの受け方。
相手の外し方。
ボールの運び方。
ゴールまでの持っていき方。
それを毎回、一から頭の中で考えているわけではないと思います。
何度も経験してきたからこそ、とっさの場面で自然と出る。
考えなくても出せるところまで積み重ねたものが、その選手の武器になる。
だから子どもたちにも、
「答えを教えないこと」
だけにこだわるのではなく、
自分で答えを見つけられるようになるための「基準」を教える。
そして、それを何度も経験して自分の「形」にしてもらう。
最近は、そんなことを意識しながら指導しています。
自分もまだまだ指導者として勉強中です。
「考えさせる指導」と「教える指導」。
このバランスは本当に難しい。
だからこそ、これからも子どもたちの反応を見ながら、自分自身も学んでいきたいと思います⚽
