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【暮らし編】実家から届く野菜、「タダ」だと思ってたけど微妙だった

実家から、季節ごとに野菜が送られてくる。母が育てたものを、段ボールいっぱいに詰めて送ってくれる。ずっと「タダでもらえてありがたい」としか思っていなかった。

先日、母との電話で何気なく「送料、結構するんだよ」と言われて、初めて気づいた。野菜そのものは確かに無料だけど、送料は毎回それなりの金額がかかっている。今まで一度も意識したことがなかった。この「タダだと思い込んでいたもの」について、無料のAIと一緒に考えてみることにした。

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実家から野菜が定期的に届きますが、
野菜自体は無料でも、送料は
毎回それなりにかかっているようです。

これをどう捉えればいいか、
考え方を整理してほしいです。
```

返ってきた答えで、まず整理できたのは、「タダ」と感じているものほど、実際にかかっているコストが見えにくくなりやすいという話だった。目に見える形でお金が動かないと、コストが発生していること自体を意識から外してしまう。実際には野菜の中身は無料でも、それを届けるための送料という、確かなコストが存在していた。

なるほどと思った。自分が払っていないから「タダ」だと感じていたけど、誰かがそのコストを負担している事実は変わらなかった。

もう少し聞いてみた。

```
このコストに対して、
自分にできることはありますか。
```

出てきたのは、送料分を何らかの形でお返しする、という考え方だった。金額をそのまま渡すのが気まずければ、次に帰省する時に何か買っていく、送料相当の品を送り返す、といった形でも、実質的にバランスを取ることはできる。大事なのは、コストが発生している事実に気づいた上で、それを一方的に受け取り続けないようにすることだった。

これまで、実家からの野菜を当たり前のように受け取るだけで、その裏にあるコストを想像したことがなかった。今回気づけたのは、正直良いタイミングだったと思う。

次に野菜が届いたら、ちゃんとお礼の電話をして、それとなく送料分くらいの気持ちを込めたものを送ろうと思う。タダだと思い込んでいたものほど、実は誰かがコストを引き受けてくれていることに、今回改めて気づかされた。

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