一本くらいはいいでしょ
一本くらいはいいでしょ
成功した人の話は面白い。
あのとき思い切って会社を辞めた。
偶然出会った人に声をかけられた。
たまたま始めたことが仕事になった。
準備していたところにチャンスが来た。
聞いていると、なるほどと思う。
ただ、これをそのまま再現しようとすると、ちょっと危ない。
会社を辞めたから成功したわけではないし、知らない人に片っ端から声をかければ運命の出会いが増えるわけでもない。
成功したあとから振り返ると、偶然まで含めて全部が一本の線に見える。
でも、まだ成功していないこちら側からすると、今目の前にあるものがチャンスなのか、単なる面倒事なのか、よく分からない。
成功談は参考にはなる。
ただし、設計図ではない。
その点、自分で防げるはずの失敗には、妙に似たパターンがある気がする。
情報が足りないまま決める。
思い込む。
少しうまくいって慢心する。
そして、突然わいてきた感情や願望に負ける。
中でも厄介なのが、小さな例外だ。
仕事をしている。
今日は集中してやろうと思っている。
そこへ気になる記事が目に入る。
一つだけ見よう。
仕事に関係あるかもしれない。
そう思って開く。
そこに関連する別の記事がある。
これも少しだけ。
さらに動画が出てくる。
気がつけば、最初に何をしていたのか分からなくなっている。
ネットサーフィンという言葉はずいぶん爽やかだけど、やっていることは仕事からの漂流である。
でも、その瞬間の自分にはちゃんと理由がある。
情報収集だから。
少し休憩した方が効率がいいから。
これを見たら戻るから。
人間は小さな例外を自分に許すとき、驚くほど簡単に自己正当化する。
タバコをやめたのに、飲み会で楽しくなってくる。
今だけ一本ください。
一本吸ったからといって、また喫煙者に戻るわけじゃない。
今日だけだから。
明日は吸わないから。
ダイエット中なのにアイスクリームを食べる。
一本くらいはいいでしょ。
今日かなり頑張ったし。
我慢しすぎるのもよくないし。
一本くらいで急に太るわけでもない。
この辺になると、アイスを食べることが健康管理みたいになってくる。
自分の願望を通すときだけ、頭の中の弁護士が非常に優秀だ。
問題は、一回の失敗そのものではないのだと思う。
一回くらいなら、本当に大したことがない場合もある。
アイス一本で人生が終わるわけではない。
一本タバコを吸った瞬間にすべてが崩壊するわけでもない。
記事を五分読んだから会社をクビになるわけでもない。
危ないのは、その「一回」を何度も一回扱いすることだ。
今日だけ。
今回だけ。
一本だけ。
五分だけ。
昨日も同じことを言っていた気がするけど、今日の一回は昨日の一回とは別件として処理される。
人間の会計は、その辺がかなり雑である。
「千里の堤も蟻の穴から」という。
大きなものが、小さな穴から崩れていく。
たぶん、自分で防げる失敗の中には、こういう小さな自己正当化から始まるものがある。
では、全部我慢すればいいのか。
感情に勝て。
欲望に負けるな。
老子には「勝人者有力、自勝者強」という言葉がある。
他人に勝つ者には力があり、自分に勝つ者は強い。
確かにそうだと思う。
でも最近は、少し別のことも思う。
毎回、自分と戦う必要があるのだろうか。
ネットを見てしまうなら、仕事中は見られないようにする。
タバコを吸いたくなる場所に行くなら、最初から一本もらえない状態にしておく。
アイスがあると食べるなら、そもそも冷凍庫に入れない。
克己だけに頼るより、仕組みにしてしまった方が強いのではないか。
自分に勝てる人が強いのは間違いない。
でも、本当に強い人は、毎晩アイスの前で精神統一している人ではなく、そもそもアイスと戦わなくても済むようにしているのかもしれない。
意志が弱いなら、意志を使わない。
それも自分を知っているということなんだろう。
成功者の真似は難しい。
偶然まではコピーできない。
その代わり、自分で防げる失敗なら、少しくらい減らせるかもしれない。
まずは「一本くらいはいいでしょ」が出てきたときに、少し怪しむ。
その言葉、昨日も聞いたぞ、と。
自勝者強。
ネットサーフィンが好きで、メタボで、喫煙者の私が言うのだから間違いない。
とりあえず、アイスは買わないところから始めたい。
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