精神世界と理工学書が隣り合っていた時代
1980年代から90年代初頭にかけて、大型書店の棚構成には、現在の感覚からするとやや奇妙にも見える配置が存在していた。「精神世界」と「理工学書」が、きわめて近接した場所に置かれていた、という現象である。
これは単なる個人的記憶ではなく、当時の出版状況、ジャンル認識、そして読者層の実態を踏まえると、むしろ自然な配置だったと考えるべきだろう。
神保町のフロア構成という具体
記憶を具体に落とすと、神保町の大型店のフロア配置が象徴的だった。
書泉グランデでは、上層階に「宗教・哲学・心理」がまとまり、その延長線上に精神世界の棚があった。一方で同じ上層、あるいはその直下の階に「理工・コンピュータ・科学一般」が置かれていた時期がある。
体感としては、
・理工学書の棚を見て回る
・そのまま数列(あるいは一つ上の階)に移動する
・いつの間にか精神世界・超心理の棚に入っている
という連続性だった。
三省堂書店(神保町本店)でも似た構造があった。
人文系(哲学・宗教・心理)のフロアと、理工学書のフロアが上下で接続し、その境界に「科学読み物」や「ニューサイエンス」が差し込まれている。
そのため、物理的には「別ジャンル」でありながら、動線としてはほとんど同一空間だった。
現在のように完全に分断された売り場とは明らかに異なる、グラデーション型の配置である。
「精神世界」という広すぎるカテゴリー
まず前提として、1980年代の「精神世界」という言葉の射程は、現在よりもはるかに広い。
宗教、神秘思想、心理学、超心理学、ニューエイジ、占い、さらには一部の科学思想までが、緩やかに同一のカテゴリーに含まれていた。
重要なのは、この時代において「精神世界」と「科学」は対立するものではなかったという点である。むしろ両者を接続しようとする試みが広く共有されていた。
「意識」「宇宙」「エネルギー」といった語彙は、物理学的イメージと精神的探求を媒介するキーワードとして機能していた。
そのため書店の棚においても、両者は明確に分離されていなかった。
ニューサイエンスという接続領域
この接続を最もよく体現していたのが、いわゆるニューサイエンスである。
当時、書店の棚でよく見かけたタイトルを思い出すと、
・フリッチョフ・カプラ『タオ自然学』
・同『ターニング・ポイント』
・ゲーリー・ズーカフ『踊る宇宙』
・デイヴィッド・ボーム関連の著作
・ルパート・シェルドレイク『新しい生命科学』
・イリヤ・プリゴジン関連の一般向け著作
といった本が並んでいた。
これらは純粋な物理学や生物学の専門書ではないが、「科学」の言語を用いて世界観を拡張しようとする書物だった。
同時に、
・超心理学
・ESP研究
・意識研究
・ホリスティック医学
といった領域の書籍とも強く接続していた。
結果として、これらの本は
「科学」棚にも置かれ得るし、「精神世界」棚にも置かれ得る
という、典型的な越境的存在だった。
この曖昧さが、そのまま棚の近接として現れていた。
九州大学での実感
自分が九州大学に在学していた当時の感覚としても、この接続はごく自然なものだった。
理工系の学生が、専門書の合間にニューサイエンスや精神世界の本を手に取る。これは特別な行動ではない。
むしろ、
・量子力学を学ぶ
・その延長で「意識とは何か」を考える
・さらに宇宙論や東洋思想に関心が広がる
という流れは、かなり一般的だった。
そこにはオカルトに踏み込むという感覚は薄く、「未解明の領域に対する自然な関心」という位置づけだった。
つまり当時の理系学生にとって、
理工学 - ニューサイエンス - 精神世界
は断絶ではなく、連続したスペクトラムだった。
だからこそ書店の棚もまた、連続している方がむしろ現実に即していた。
書店における配置の合理性
書店の側から見ても、この配置は合理的だった。
・理工系読者が精神世界に流れる導線
・精神世界読者が科学的説明を求める導線
その両方が存在していたからである。
したがって実際の棚では、
・理工学の専門書
・科学一般書
・ニューサイエンス系書籍
・精神世界・超心理関連書
が、ほぼ連続した帯として配置されていた。
現在のような厳密なジャンル分断は、まだ成立していなかった。
もう一つの力学──営業と棚
ただし、この時期の書店空間には、純粋な知的連続性とは別の力学も入り込んでくる。
新宗教系団体による出版と、その流通への関与である。
1990年前後になると、特定の団体の書籍がまとまった棚として展開される光景が各地で見られるようになる。
いわば「団体棚」である。
この背景には需要だけでなく、書店への営業活動があったと考えるのが自然だろう。
実際、当時の関係者の中には一般企業での経験を持ち、営業能力に長けた人物がいたとされる。
その結果として、通常のジャンル分類とは別に、特定の出版物群が塊として可視化される状況が生まれた。
精神世界の棚の延長線上に、あるいはその一角に、そうしたまとまりが現れる。
それは分類というよりも、流通の力が棚に刻まれた痕跡だった。
解体されていく接続領域
しかしこの構造は長くは続かない。
1990年代半ば以降、ジャンルの再編が進む。
・スピリチュアル
・自己啓発
・心理
・宗教
・科学
が明確に分離され、書店の棚もそれに対応して再編されていく。
精神世界は人文・実用へ、理工学は専門領域へと整理され、かつてのグラデーションは消えていく。
同時に、「団体棚」のような特殊な配置も見えにくくなっていった。
結語
現在の書店では、理工学書と精神世界が隣り合うことはほとんどない。
しかし1980年代から90年代初頭にかけては、両者は確かに同じ空間に存在していた。
それは単なる棚の問題ではない。
当時の知的関心そのものが、まだ分断されていなかったということの表れである。
科学と精神が同一の地平で語られていた時代。その痕跡が、書店のフロア構成というかたちで、はっきりと残っていたのである。
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