下ネタには二種類ある――「全員集合」と、説明できなかった大人たち
下ネタという言葉はひとつだが、その中身は同じではない。
少なくとも、二つに分けて考えることができる。
ひとつは排泄系。
うんこやおしっこ、おならといった、身体の排出にまつわる言葉だ。
もうひとつはエロ系。
性や、性を想起させる身体の部位や行為に関わる下ネタである。
この二つは、大人にとっては明確に別物だが、子どもにとっては必ずしもそうではない。
このズレが、1970年代から80年代にかけて、ある「お化け番組」を生んだ。
「ちょっとだけよ」は、何が面白かったのか
土曜の夜、家族そろってテレビを見る。
そんな時代に放送されていたのが、8時だよ全員集合だった。
番組の中で、加藤ちゃんは「ちょっとだけよ」という決まり文句を使った。
今なら誰もが、それがストリップショーのパロディであり、エロ系の下ネタだとわかる。
しかし、当時小学生だった私は、それが何の真似なのか、まったくわかっていなかった。
ストリップというものを知らなかったし、女性が裸になるショーが、なぜわいせつなのかも知らなかった。
それでも、面白かった。
なぜか。
それは、意味がわかったからではない。
自分の身近な世界では、絶対に聞くことのない言葉だったからだ。
親も、近所のおじさんおばさんも、学校の先生も、そんなことは言わない。
ところがテレビの中の大人は、堂々と言って、みんなが笑っている。
その「異常」そのものが、子どもにとっては笑いだった。
「うんこちんちん」という直結
加藤ちゃんは、「うんこちんちん」という言葉もよく使っていた。
うんこは排泄系の言葉である。
ちんちんは、発達段階によって意味が変わるが、思春期を超えればエロ系として理解される言葉だ。
つまり「うんこちんちん」は、
排泄系とエロ系の下ネタが、直結された言葉である。
だが、子どもにとっては事情が違う。
思春期前の男の子にとって、ちんちんはまだ排泄器官であり、性的意味は前面に出ていない。
だからこの言葉は、エロでも猥褻でもなく、ただ音が強くて、変で、面白い言葉として受け取られた。
親は、なぜ嫌がったのか
お茶の間でそれを見ていた親は、嫌な顔をしたかもしれない。
チャンネルを変えようとしたかもしれない。
しかし、その反応自体も、子どもにとっては面白い。
「え、どうしてダメなの?」
「いいじゃない、面白いよ」
この問いに、親は説明できただろうか。
なぜダメなのかを説明するには、
それがどんな意味を含んでいるのかを語らなければならない。
つまり、性の話をしなければならない。
多くの場合、親はそれを避け、
「とにかくダメ」「下品だから」という言い方で場を収めたはずだ。
そして、子どもは真似をする
番組が終わり、子どもは寝る。
翌日、友だちと「昨日の全員集合、見た?」という話をする。
月曜になれば、学校でもその話をする。
そして、必ず起きる。
子どもたちが、カトちゃんのモノマネを始める。
「ちょっとだけよ」
「うんこちんちん」
テレビの中では許されていたものが、教室や校庭に持ち込まれる。
その瞬間、それは「問題行動」になる。
大人は止める。
しかし、理由を説明できない。
子どもは、ただ面白いからやっている。
大人は、意味を知っているから止めている。
この二つは、最後まで噛み合わない。
「お化け番組」になった理由
「全員集合」が異常な熱量を持った番組になった理由は、
下ネタが過激だったからではない。
発達段階の異なる人間が、同じものを見て、まったく違う意味を受け取っていたからだ。
子どもは、意味を知らないまま笑い、
大人は、意味を知っているが説明できないまま黙る。
そのズレが、家庭から学校へ、社会へと広がっていった。
問いとして残るもの
あれは、本当に「悪い下ネタ」だったのだろうか。
それとも、説明できなかった大人の側の問題だったのだろうか。
私は今でも、そちらの方が気になっている。
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