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接触 (第二部) 2-5

東京へ

現在

俺が目を覚ました時、

2018年だった。

東京。

神保町。

「さぼうる」。

俺はテーブルに座っていた。

目の前に、

オウミさん。

「戻ってきましたね」

「……はい」

「どうでした?」

「長かった」

「そうでしょうね」

俺は時計を見る。

コーヒーはまだ温かい。

「時間は?」

「まだ30分も経っていません」

「え?」

「あなたが地下へ入ってから」

「30分?」

「はい」

俺は頭を抱えた。

「もう何が何だか……」

オウミさんが笑う。

「それでいいのです」

「良くないでしょう」

「人間は、すべて理解する必要はありません」

「でも……」

「大切なのは、何を選ぶかです」

俺は黙った。

窓の外を見る。

神保町の街。

車。

人。

学生。

サラリーマン。

古本屋。

いつもと同じ東京。

しかし、俺にはもう以前とは違う世界に見えた。

この街の下にも地球がいる。

地球の中にもまだ知らないものがいる。

そして、その上で人間が暮らしている。

「オウミさん」

「はい」

「叔父は今どこに?」

「エレアです」

「また地球に来る?」

「必要なら」

「じゃあ、会える?」

オウミさんは少し考えた。

「おそらく」

「よかった」

俺はコーヒーを飲んだ。

冷めている。

「ところで」

「はい」

「一つ気になることがあります」

「何でしょう?」

「俺の娘は、未来で俺に会いに来た」

「はい」

「でも俺には娘がいる」

「はい」

「じゃあ、あの少女は?」

オウミさんが黙った。

「あなたの娘です」

「だから、俺の娘は今もいる」

「そうです」

「じゃあ、未来から来たってこと?」

「そうです」

「未来が存在する?」

「可能性として」

「でも俺が見た未来は、まだ選んでない」

「はい」

「じゃあ……」

俺は少し考えた。

「俺が生きている限り、あの未来は消えない?」

オウミさんは笑った。

「あなたらしい質問ですね」

「どういう意味?」

「Xも同じ質問をしました」

「叔父も?」

「はい」

「何て答えた?」

オウミさんは、

少しだけ寂しそうに笑った。

「未来は消えません」

「え?」

「ただ、そこへ行く道が消えることはあります」

俺は窓の外を見た。

「じゃあ、あの未来へ行く道を残すためには?」

オウミさんが答えた。

「人間が人間であり続けることです」

エイジ

その日の夕方、俺はエイジのところへ戻った。

古いアパート。

ドアを開ける。

「エイジさん?」

返事がない。

部屋は暗い。

テーブルの上に、

封筒が一つ置かれていた。

表には、

俺の名前。

栄一郎へ

俺は封を切った。

中には写真が一枚。

1980年頃の写真だった。

若い叔父。

そして、その隣に若いエイジ。

さらに、もう一人。

俺はその顔を見て息を止めた。

オウミさんだった。

いや、正確にはオウミさんと同じ顔の女性。

写真の裏にはこう書かれていた。

<彼女はオウミではない。>

<本当のオウミは、>

<もう一人いる。>

俺は写真を裏返した。

さらに小さな紙が落ちる。

そこには、エイジの字で一行だけ。

レティキュリアンは敵ではない。

俺はしばらく動けなかった。

そして最後に、もう一行。

本当の敵は、エレアだ。

その瞬間、背後から声がした。

「それを読んでしまいましたか」

振り返る。

そこにオウミさんが立っていた。

「……いつから?」

「今来たところです」

「嘘だ」

「はい」

俺は写真を握った。

「これは何?」

オウミさんは写真を見る。

そして、初めて俺の前でその笑顔を消した。

「あなたには、まだ話してはいけないことがあります」

「何?」

「Xがエレアを離れた理由」

「……」

「そして」

彼女は静かに言った。

「なぜ私が、あなたを見つけたのか」

「叔父に頼まれたからじゃないの?」

「それは嘘です」

俺は立ち上がった。

「じゃあ、誰に頼まれた?」

オウミさんは答えなかった。

俺の携帯電話が鳴る。

画面を見る。

非通知。

俺は出た。

『栄一郎』

今度の声は叔父ではなかった。

聞いたことのない男の声。

『エイジを信じるな』

俺は言った。

「誰だ?」

『レティキュリアンだ』

「なぜ俺に?」

『お前が知らなければならないことがある』

「何?」

『エレアは地球を救おうとしているのではない』

「じゃあ何を?」

電話の向こうで男が笑った。

『地球を、自分たちのものにしようとしている』

電話が切れた。

俺はオウミさんを見る。

「どういうこと?」

オウミさんは何も言わなかった。

ただ窓の外を見ていた。

夕焼けの東京。

ビルの向こうに一番星が見える。

そして、その星の横に小さなオレンジ色の光が現れた。

一つ。

二つ。

三つ。

俺は思った。

また始まる。

だが今度は違う。

俺はもう、ただ巻き込まれるだけの人間ではない。

俺自身が選ぶ側にいる。

そして、その選択が、地球だけではなく、エレアも、レティキュリアンも、そして人間そのものの未来を変える。

俺は写真をポケットに入れた。

「オウミさん」

「はい」

「全部話してください」

彼女はしばらく俺を見た。

そして、静かに頷いた。

「分かりました」

「ただし――」

「ただし?」

オウミさんは、

俺が初めて見た時と同じ笑顔に戻った。

「ここから先は、本当に危険です」

俺は答えた。

「もう十分危険なところまで来てますよ」

二人で神保町の街へ出た。

その夜。

世界のどこかでまた一つ、

地震が起きた。

オウミの告白

神保町を出て、俺とオウミさんはしばらく歩いた。

どこへ行くのかは聞かなかった。

俺も聞かなかった。

さっきの写真。

エイジの手紙。

そして、

「本当の敵は、エレアだ」

という一文。

頭の中で何度も繰り返される。

「どこへ行くんです?」

しばらくして俺が聞いた。

「人の少ないところへ」

「それならホテルに戻りたいんですけど」

「奥様がいますね」

「そうです」

「今夜は会わない方がいいでしょう」

「なぜ?」

「あなたの周囲を監視しているものがいます」

「レティキュリアン?」

「それだけではありません」

「じゃあ?」

オウミさんは答えなかった。

俺たちは靖国通りを歩き、小さな喫茶店に入った。

客は俺たち以外に一組だけ。

奥の席に座る。

オウミさんはコーヒーを注文した。

俺も同じものを頼んだ。

「またコーヒーですね」

「ええ」

「宇宙人もコーヒー飲むんですか?」

「私たちは飲みません」

「じゃあ、なぜ?」

「あなたが飲むからです」

俺は少し笑った。

「そういうところが、宇宙人っぽくないんですよね」

「それは意図的です」

「地球人のふり?」

「はい」

「いつから?」

「最初から」

俺はコーヒーを一口飲んだ。

「じゃあ、聞かせてください」

「何から?」

「エレアのこと」

オウミさんは黙った。

「叔父がエレアに行った理由」

「はい」

「そして、あなたが俺を見つけた本当の理由」

オウミさんは、

しばらく窓の外を見ていた。

そして、

「エレアは、あなたが思っているような星ではありません」

と言った。

エレア

「エレアは地球から遠いの?」

「距離という意味なら、非常に遠いです」

「じゃあ、どうやって来る?」

「距離を移動するのではありません」

「またそれ?」

「空間そのものを折ります」

「ワープ?」

「人間の言葉なら、それが近いでしょう」

「じゃあ、エレアはどこにある?」

オウミさんは少し笑った。

「今の地球の宇宙にはありません」

「……」

「正確には、あなたたちが観測している宇宙とは別の位相にあります」

「異次元?」

「はい」

俺は頭を抱えた。

「もう何でもありですね」

「そうかもしれません」

オウミさんも笑った。

「でも、エレア人自身はそれを特別なことだと思っていません」

「なぜ?」

「人間が東京から大阪へ行くのと同じです」

「次元を?」

「はい」

「全然同じじゃないですよ」

「私たちからすれば同じです」

「なるほど」

俺はため息をついた。

「それで、エレアは何をしている?」

「長い間、他の生命を観察してきました」

「地球だけ?」

「いいえ」

「いくつくらい?」

「正確には分かりません」

「そんなに?」

「生命が存在する場所は、あなたたちが想像するより多いのです」

「じゃあ、エレアは宇宙人というより……」

「観測者」

「そういうこと?」

「元々は」

「元々?」

「途中から変わりました」

「何が?」

オウミさんがコーヒーカップを置く。

「自分たちの星が死んだのです」

俺は黙った。

「エレアも?」

「はい」

「じゃあ、今いるエレアは?」

「元のエレアではありません」

「どういうこと?」

「エレア人は、自分たちの身体を捨てました」

「……」

「あなたの叔父と同じです」

「精神体?」

「そうです」

「じゃあ、星そのものは?」

「死んでいます」

その言葉が妙に重く感じられた。

「だから地球を?」

「はい」

「地球をエレアの代わりにするため?」

オウミさんは答えなかった。

それが答えだった。

Xがエレアを離れた理由

「叔父は、それを知っていた?」

「はい」

「だからエレアを離れた?」

「それだけではありません」

「何?」

「Xはエレアの計画に反対しました」

「どんな計画?」

オウミさんは声を落とした。

「地球の意識を、エレアの意識に接続する計画です」

「接続?」

「地球を一つの巨大な生命として利用する」

「つまり?」

「地球の生命エネルギーをエレア人が使う」

「……」

「そうすれば、エレア人は再び身体を持つことができます」

俺はしばらく何も言えなかった。

「地球を使って、自分たちを復活させる?」

「はい」

「そんなことをしたら地球は?」

「死ぬ可能性があります」

「可能性?」

「確実に死ぬとは限りません」

「でも、危険なんだろう?」

「はい」

俺は椅子に深く座った。

「じゃあ叔父は、それを止めようとした」

「そうです」

「だから地球に残った?」

「はい」

「そしてエイジと?」

「はい」

俺は写真を思い出した。

若い叔父。

若いエイジ。

そして、オウミさんによく似た女性。

「写真の女は誰?」

オウミさんはしばらく答えなかった。

「私の姉です」

「姉?」

「エレアでは姉妹という概念は少し違いますが、あなたたちの言葉にすればそうなります」

「名前は?」

「オウミ」

俺は目を見開いた。

「じゃあ、あなたもオウミ」

「はい」

「二人とも?」

「私たちの名前は、本当は名前ではありません」

「どういう意味?」

「役割です」

「役割?」

「オウミというのは、地球との接触を担当する者に与えられる名前です」

俺は背筋が寒くなった。

「じゃあ、あなたは何人目?」

「四人目です」

「四人……」

「あなたが初めて会ったオウミは、三人目でした」

「じゃあ、写真の女性は?」

「二人目です」

「初代は?」

オウミさんは答えた。

「死にました」

「エレア人も死ぬ?」

「完全には死にません」

「じゃあ?」

「意識が分解されます」

「……」

「記憶が失われます」

俺は、エイジの手紙に書かれていた言葉を思い出した。

本当の敵は、エレアだ。


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