接触 (第二部) 4-1
福島
郡山
新幹線。
高速バス。
車。
どれを使ったのかもう覚えていない。
とにかく俺は福島へ戻った。
郡山の街が見える。
空に雲。
その上に何かがいる。
巨大な円盤。
いや、円盤ですらない。
空間そのものが歪んでいる。
妻から電話が来た。
『あなた?』
「今どこ?」
『家』
「外に出ないで」
『何が起きてるの?』
「分からない」
『子供たちも来てる』
「二人とも?」
『うん』
俺は、
その言葉を聞いて少し安心した。
「今から行く」
『待ってる』
電話を切る。
その時、車のラジオから突然声が聞こえた。
『栄一郎』
叔父。
「叔父さん?」
『聞け』
「はい」
『お前が家族を救うには、エレアと戦ってはいけない』
「どういうこと?」
『エレアは敵ではない』
「でも地球を奪おうとしている」
『それは一部だ』
「一部?」
『エレア人全員が同じ考えではない』
「じゃあ?」
『お前が戦うべき相手は、エレアではない』
「誰?」
叔父は答えなかった。
代わりに別の声が聞こえた。
『私です』
俺は、息を止めた。
その声は、俺が最初に聞いた声だった。
2011年3月11日。
双葉町近く。
空の光から聞こえた、
あの、のんびりした声。
『栄一郎』
「……」
『久しぶりだな』
俺は、ハンドルを握った。
「お前は誰だ?」
『お前はもう知っている』
「知らない」
『いや』
声が笑う。
『お前は一度、私を見ている』
俺の脳裏にあの日の光景が浮かぶ。
1983年。
代々木公園。
黒い石。
そして、三時間の空白。
俺は叫んだ。
「お前は……」
声が答えた。
『そう』
『私が、最初の接触者だ』
そして、ラジオから聞こえていた声が最後にこう言った。
『お前の叔父ではない』
『エイジでもない』
『オウミでもない』
『ましてやレティキュリアンでもない』
『私は――』
一瞬、
ノイズが走る。
そして、その名前が聞こえた。
『地球だ』
俺は、アクセルを踏み込んだ。
地球
アクセルを踏んだ。
速度計を見る余裕もなかった。
前の車を追い越し、信号を無視しそうになって慌ててブレーキを踏む。
「落ち着け……」
自分に言い聞かせる。
地球。
今の声は地球だと言った。
もちろんそんなことを簡単に信じられるわけがない。
だが、これまで俺が体験したことを考えればもう「あり得ない」という言葉に意味はなかった。
携帯電話が鳴る。
妻。
「もしもし」
『今、家の外に誰かいる』
「誰?」
『分からない』
「家から出ないで」
『でも……』
「絶対に」
『あなた、何なの?』
俺は答えられなかった。
『何が起きてるの?』
「俺にも分からない」
『嘘』
「……」
『あなたは知ってる』
「少しだけ」
『だったら話して』
俺は、少し迷った。
そして、
「宇宙人が来てる」
と言った。
電話の向こうが、
静かになった。
「もしもし?」
『……分かった』
「信じるの?」
『あなたが今までこんな冗談を言ったことがないから』
「そうか」
『でも一つだけ』
「何?」
『必ず帰ってきて』
「分かった」
電話を切った。
その瞬間、空が光った。
青白い光。
続いて、地面が揺れる。
ハンドルが震えた。
俺は車を路肩に止めた。
空を見上げる。
巨大な光の輪が郡山の上空に浮かんでいた。
その中心から何かが降りてくる。
エレアの船
それは、船というより建物だった。
巨大な円柱。
表面は金属のようにも見えるし水のようにも見える。
その周囲を無数の小さな光が飛んでいる。
俺はその光景を見ながらなぜか懐かしい気持ちになった。
「……知ってる」
そう呟いた。
1983年。
俺は、あれを見ていた。
三時間の間に俺はこの船に乗っていたのだ。
記憶が少しずつ戻ってくる。
父と代々木公園へ行った。
黒い石。
そして、光。
俺は、船の中にいた。
その時、誰かが俺に話しかけていた。
『栄一郎』
「誰?」
『私はオウミ』
「オウミ……」
だが、目の前にいた女性は今のオウミさんとは違った。
もっと若い。
いや、若いという表現も違う。
人間ではない。
白い光のような身体。
『あなたは選ばれました』
「何に?」
『接触者に』
『地球と人間の間を繋ぐ者に』
俺は、その記憶を思い出した。
そして、もう一つ。
俺はその時、何かを拒否していた。
『どうして?』
『なぜ嫌なの?』
『地球を救うことなのですよ』
子供の俺は答えていた。
「嫌だ」
『なぜ?』
「父さんと帰りたい」
その言葉を聞いて、オウミが笑った。
『それが答えです』
そして、俺は地球へ戻された。
俺は車の中で息を呑んだ。
「俺は……」
最初から選ばれていた。
だが、選ばれた理由は特別な能力ではなかった。
家族を選んだこと。
ただ、それだけだった。
家
家の近くまで来ると、道路に車が何台も止まっていた。
警察。
消防。
見たことのない車。
そして、自衛隊。
俺は車を降りた。
「あなた!」
妻が走ってくる。
「大丈夫?」
「うん」
妻を抱きしめる。
久しぶりに、
こんなに強く抱きしめた気がした。
「子供たちは?」
「中にいる」
「無事?」
「うん」
家に入る。
息子と娘がいた。
二人とももう大人だ。
俺が守るべきだった子供たちはいつの間にか俺より大きくなっている。
「親父」
息子が言う。
「何?」
「空」
窓を見る。
空に、光。
娘が言った。
「これ、何?」
俺は答えられなかった。
その時、家のテレビが突然ついた。
どのチャンネルでもない。
砂嵐。
そして、画面に一人の女性が映った。
オウミ。
「栄一郎さん」
「オウミさん?」
『聞こえますか?』
「聞こえる」
『時間がありません』
「何が起きてる?」
『エレアが接続を開始しました』
「止められない?」
『できます』
「どうやって?」
『あなたの家族が拒否することです』
俺は、子供たちを見る。
「どういうこと?」
『接続には同意が必要です』
「本人の?」
『はい』
「じゃあ、無理やりはできない?」
『エレアの一部はできます』
「一部?」
『だから争いになっています』
その瞬間、テレビの画面が切り替わった。
別の女性。
同じ顔。
だが、目が違う。
冷たい。
「……オウミ?」
『私は二人目のオウミです』
「姉?」
『そうです』
「何をするつもり?」
『あなたの家族に選択してもらいます』
「何を?」
『地球を残すか』
『エレアを救うか』
妻が俺の腕を掴んだ。
「何なの?」
俺は答える。
「地球と宇宙人の話」
妻が呆れたように俺を見る。
「本当に?」
「本当」
「じゃあ、どうするの?」
俺は、子供たちを見る。
息子。
娘。
そして妻。
「俺たちは地球を選ぶ」
二人目のオウミが笑った。
『それでは、エレアは滅びます』
俺は言った。
「じゃあ、エレアも救う」
『不可能です』
「なぜ?」
『資源が足りません』
「地球を使えばいい?」
『そうです』
「じゃあ別の方法を探す」
『ありません』
「まだ探してないだろ」
女性の顔から笑みが消えた。
『人間に何ができます?』
俺は答えた。
「分からない」
「でも、探す」
エイジ
玄関のドアが開いた。
エイジだった。
「遅くなった」
「エイジさん!」
「栄一郎」
「何を知ってる?」
エイジは笑った。
「ほとんど何も知らない」
「嘘でしょう」
「本当だ」
エイジは俺の家族を見る。
「全員揃ったか」
「はい」
「なら間に合った」
「何に?」
エイジは古い鞄から一枚の紙を取り出した。
それは手書きの設計図だった。
俺は見たことがある。
叔父の字。
「これは?」
「Xが残したものだ」
「宇宙船?」
「違う」
「じゃあ?」
「地球とエレアを切り離す装置」
俺は設計図を見る。
「そんなものがあるなら、どうして今まで?」
「完成していない」
「じゃあ、どうする?」
「完成させる」
「誰が?」
エイジは俺を見る。
「お前だ」
「俺?」
「Xはそう言っていた」
「俺に作れるわけない」
「作れる」
「なぜ?」
エイジが笑う。
「お前の仕事は何だ?」
「重機のリース」
「そうだ」
「それが?」
「機械を作る仕事じゃない」
「……」
「必要なものを探して、集めて、人を動かして、現場へ持っていく仕事だ」
俺はエイジの顔を見る。
「つまり?」
「お前は科学者じゃない」
「はい」
「技術者でもない」
「はい」
「宇宙人でもない」
「はい」
「だからいい」
エイジは言った。
「普通の人間だからこそ、これを完成させられる」
レティキュリアン
その時、空が暗くなった。
昼間なのに太陽が消えたようだった。
家の窓が一斉に震える。
エイジが外を見る。
「来たか」
「レティキュリアン?」
「そうだ」
俺も外へ出る。
空には黒い船。
エレアの船とは違う。
細長く、鋭い。
その周囲には黒い霧のようなものが漂っている。
「攻撃される?」
エイジは首を振った。
「違う」
「じゃあ?」
「警告だ」
黒い船から声が響いた。
『人類よ』
俺たちの携帯電話。
テレビ。
ラジオ。
全部から同じ声がする。
『我々は敵ではない』
『我々はレテを管理している』
俺は驚いた。
「管理?」
『レテは生命ではない』
『生命の影だ』
『生命が生まれれば、必ず生まれる』
『憎しみ』
『恐怖』
『嫉妬』
『絶望』
『我々はそれを食べる』
「だったら、なぜ人間を苦しめる?」
『我々が苦しめているのではない』
『人間が苦しんでいるから、我々が存在できる』
俺は、その言葉に複雑な気持ちになった。
『しかし、エレアは違う』
『エレアは地球そのものを食べようとしている』
オウミの声が割り込む。
『嘘です』
レティキュリアンが答える。
『ならば、お前たちはなぜ地球の意識に接続する?』
沈黙。
『なぜ人類の感情を利用する?』
『なぜ地球の生命力をエレアへ移そうとする?』
オウミは答えない。
俺は、二つの声を聞きながら妙な感覚になった。
どちらも完全な嘘をついているようには思えなかった。
「……お前たち」
俺は空に向かって言った。
「どっちも地球を利用してるんじゃないのか?」
沈黙。
「エレアは地球を使って自分たちを救いたい」
「レティキュリアンは人間の憎しみを食べたい」
「どっちも自分たちのためだろ」
空が静かになった。
俺は続けた。
「だったら、俺たちはどうする?」
「俺たちの星を、勝手に使わせるわけにはいかない」
その時、地面が揺れた。
今までで一番大きな揺れ。
妻が家から出てくる。
子供たちも。
エイジが叫ぶ。
「栄一郎!」
「何?」
「地球が怒っている!」
俺は地面に手を置いた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
鼓動が、今までとは比べものにならないほど強い。
そして、頭の中に声が響いた。
『私は、もう選んだ』
「何を?」
『自分で生きる』
俺は空を見上げた。
エレアの船。
レティキュリアンの船。
そのさらに向こう。
宇宙。
『私は誰のものでもない』
地球の声。
『エレアのものでもない』
『レティキュリアンのものでもない』
『人間だけのものでもない』
俺は、初めてその言葉を聞いた。
地球は、自分自身を生命として認識していた。
そして、最後にこう言った。
『だから、栄一郎』
「はい」
『私と一緒に、生きてくれ』
俺は、家族を見る。
妻。
息子。
娘。
エイジ。
そして、
空。
「分かった」
俺は答えた。
「一緒に生きる」
その瞬間、
空に巨大な光が広がった。
エレアの船が、
一斉に停止する。
レティキュリアンの船も、
動かなくなる。
そして、
世界中の人間が同時に同じ夢を見た。
青い星。
そこに立つ一人の人間。
そして、その人間の後ろに、
無数の生命。
人間。
動物。
植物。
海。
山。
そして見たことのない生命。
夢の中で誰かが言った。
『選ぶのは、これからだ』
俺は、その声を聞いた。
そして、その声が自分自身の声でもあることに気づいた。
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