推しのいる人生の、絶望と希望
推しを完全に追えなくなった。
熱烈な「推し」がいる人は、
いつかこの苦しみを味わう日が来るかもしれない。
私の場合、追えない理由は「第2子の妊娠」だった。
吐き気、喘息、強い眠気や倦怠感が続き、まるで不調のフルコンボ。
今まで当たり前だった「子どもを寝かしつけた後の推し活」さえ、夢のように遠く感じる。
推しを“追えない”という絶望
癒しのはずだった「推しの供給」は、洪水のように溢れ出し、
SNSを開けば、「推しのコンテンツへの感想」が一気に流れ込んでくる。

推し活の速度を失った私は、「圧倒的な時差」を突きつけられるばかり。
推しへのコメントで華やぐタイムラインが、推し活スタンプラリーをめぐる人の群れのように見えてくる。
たくさんのオタクが着々とスタンプを押し、嬉しそうに前へ進んでいく。
その中で、私だけが、真っさらなスタンプカードを抱えて、青白い顔で横たわっているような気がした。
真夜中の雨と、Imitation Rain

「追えない絶望」を抱えて半年後、思わぬアクシデントに遭遇した。
真夜中の3時、妊娠8ヶ月のお腹が突然痛み出した。
この時期に産まれると、赤ちゃんの生存率が下がるだけでなく、体の機能が未発達のままになるという。
「いやいや、まさかね」と冷や汗をかきながら大急ぎで真夜中の産院に駆け込んだ。
担当医師は、エコーの装置を私のお腹にびったりと押し付けて、
くるくる、くるくる、何度もくるくる…。
途中でピタリと手が止まり、真剣な顔でゆっくりと口を開いた。
「これはね、僕の勘違いかもしれないんだけど、赤ちゃんに酸素を送る胎盤(たいばん)が剥がれている可能性があります。このままだと赤ちゃんもお母さんも危険な状態になるので、今すぐ救急車を呼びます。大きい病院で診てもらいましょう。」
ぼうぜんとしたまま、ストレッチャーに乗せられた。
産院の出口から、救急車へと運び込まれていく途中の景色を、はっきりと覚えている。
静かな夜の闇と、体を包み込むじっとりとした湿気、差し込んでくる雨。
繰り返される腹痛の波に身を任せながら、ぼんやりと考えた。
「この景色、ライブの帰り道に降った雨に似てる。雨粒のリズムがImitation Rainのイントロみたい。またいつかライブに行けるかな、もう無理かな」
同乗している医師の姿を横目に、推しのデビュー曲「Imitation Rain」がずっと頭の中で鳴り響いていた。
「人生、まさかの連続だよ」と、口癖のように言っていた推しの顔が、ふいに浮かぶ。——本当に、その通りだ。
命の瀬戸際で掴んだ、もうひとつの“まさか”

搬送された大学病院では、複数人の医師が代わる代わる神妙な顔で検査を繰り返した。痛みの原因は不明であり、危険な状況には変わりないらしい。
緊急で帝王切開するべきか否か━━。
手術の判断は曖昧なまま、医師との面談を終えた夫から声をかけられた。
「手術の同意書に、緊急時は母体を最優先に処置することがあるって説明があったよ。僕もそれでいいと思ってサインした。何があっても君のせいじゃないから。責任を感じないでね。」
涙が止まらなかった。どうしてこんなことになったんだろう。自分の生活に至らぬ点はなかったのか。悔やんで悔やんで過ごした。
さいわい、その後は痛みが少しずつ落ち着いていった。
お腹に機械を装着し、赤ちゃんの呼吸を常にモニタリングしながら、病室で過ごす日々が、2週間ほど続いた。
「今日は手術しなくて大丈夫かも」と、曖昧だった医師の回答は、次第に緩和されていき、ようやく「自宅療養でOK」という状況に好転した。
そして、リスクと隣り合わせのまま「妊娠10ヶ月」まで持ちこたえ、無事に出産を終えることができた。
私は、幸運な方の「まさか」を掴み取ることができたんだ、と思った。
推せない日々にも、希望はある

出産は無事に終えた。
けれど、相変わらず推し活は上手くいかない。
2人の育児と仕事で、てんやわんやの毎日だ。
推しの出演番組の録画がハードディスクを圧迫すると同時に、
私の心にも「今日も追えてない」という閉塞感は、確かにある。
「推し活スタンプラリー」のカードは、今もほとんど埋まっていない。
それでも。真っさらなカードでも、別に良いのかもしれない。
そんなふうに思える日が、少しずつ増えた。
だって、自分の生死に関わる状況でさえ、頭に浮かぶほど好きなものに巡り会えた。それ自体が奇跡のような出来事だ。
推しのあらゆる瞬間を追いきれなくても、
私の根っこには、確実に推しの存在がある。
あの日、救急車の中で聞こえてきた
「Imitation Rain」は一生忘れない。
そして、これからも、私の人生のハイライトには、
何度だって推しの音楽が鳴り響くに違いない。
積み重なるCDも、視聴途中のDVDも、溜まり続ける録画も、
今はじっくりと味わう時間はないけれど、間違いなく「宝物」だ。
いつか訪れるボーナスタイムに、一つひとつ鑑賞して、
「よっしゃ、いいものみたな」と幸せを噛み締めることができるんだから。
そんな「スローな推し活」と、私はこれからも向き合っていく。
もし今、あなたが同じ絶望を抱えているなら——
私に教えてください。
どんな時差があっても構わない。
あなたが素敵だと思った推しの話を聞かせてください。
推しは、「あなた」が推せるうちに推す。
それでいいんだから。
その存在があることを、一緒に喜び合おう。
そんな風に、少しでもエールを送りたい。
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