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星の海を翔ける 壮大なるヤマトの旋律~宮川泰『組曲宇宙戦艦ヤマト』羽田健太郎『交響曲宇宙戦艦ヤマト』260624


宮川泰と羽田健太郎――二人の『宇宙戦艦ヤマト』

サッカーワールドカップのグループステージも、いよいよ佳境に入ってきました。

先週の「クラシック音楽の水曜日」では、昔この番組で行っていた「がんばれニッポンキャンペーン」を久しぶりに復活させ、日本人作曲家・伊福部昭の《SF交響ファンタジー第1番》を中心にお送りしました。

あの有名な「ゴジラ」の音楽が登場する作品です。

このキャンペーンを大会期間中ずっと続けるつもりはなかったのですが、結果として今週も、日本人作曲家の音楽を取り上げることになりました。

今回の主人公は、宮川泰と羽田健太郎。

二人の作曲家が音楽によって描いた『宇宙戦艦ヤマト』です。

映画音楽が好きなら、クラシック音楽も楽しめるはず

その前に、今回の選曲に至ったきっかけを少し。

先日の金曜日、映画番組「映画ばみろい」の平井さんがお休みされることになり、急きょ僕が代打を務めることになりました。

僕自身はまだ映画初心者ですので、最初は少々不安だったのですが、ミトさんも一緒に出演してくれるということで、お引き受けしました。

平井さんから申し送りを受けた最新映画の紹介以外は、かなり自分勝手に番組を進めさせてもらいました。

「映画ばみろい」を聴いている方の中には、クラシック音楽は普段あまり聴かないけれど、映画音楽は好きだという方も多いのではないかと思います。

そこで番組の中で、

「映画音楽は、かなりクラシック音楽に近いものなのだから、映画音楽が好きな人ならクラシック音楽も楽しめるはずだ」

という話をしました。

映画が生まれるよりもずっと前から、音だけで物語や風景、人物の感情を描いてきたのがクラシック音楽です。

映像がなくても、嵐が起こり、夜が明け、恋をし、戦いが始まり、誰かが死んでいく。

そう考えると、映画音楽とクラシック音楽は、まったく別の世界にあるものではありません。

そこで今週は、その逆をやってみることにしました。

クラシック音楽が先にあって映像を想像するのではなく、すでに存在する映像作品と物語から生まれた、大規模なオーケストラ作品を聴いてみよう。

そう考えて選んだのが、『宇宙戦艦ヤマト』でした。


(動画の組曲には第3曲『イスカンダル』は含まれていません。知る限りではスコアの新発見により2024年に宮川彬良さんのコンサートで『イスカンダルあり』の5曲構成として演奏され、今後は『イスカンダルあり』がスタンダードになるのかもしれません。)

勝利ではなく、覚悟を描いた音楽

最初に聴いたのは、宮川泰作曲の組曲《宇宙戦艦ヤマト》です。

今回使用したアルバム『二人の宇宙戦艦ヤマト』では、次の五つの曲で構成されています。

  1. 序曲

  2. 宇宙戦艦ヤマト

  3. イスカンダル

  4. 出撃

  5. 大いなる愛

第1曲《序曲》は、女性歌手による言葉のない歌――ヴォカリーズで始まります。

この旋律を聴いた瞬間、何の音楽なのか分かった方も多かったのではないでしょうか。

人の声でありながら、特定の言葉を持たない。

それによって、地球から遠く離れた宇宙の広がりや、人間の力では簡単に届かない場所への憧れが表現されているように感じます。

音楽はやがて大きく動き始め、そのまま第2曲《宇宙戦艦ヤマト》へ向かいます。

ここで、誰もが知るあの主題が登場します。

しかし、あらためて聴いてみると、この音楽は決して単純な「勝利の行進曲」ではありません。

戦う船の物語なのですから、

「行け、ヤマト!」

「必殺兵器で敵を倒せ!」

という、もっと華々しい音楽にすることもできたはずです。

ところが宮川泰が書いた主題には、最初からどこか悲壮感があります。

『宇宙戦艦ヤマト』は、単に強い宇宙戦艦が敵を倒していく物語ではありません。

滅亡寸前の地球を離れ、帰ってこられる保証のない旅へ出る人々の物語です。

目指すイスカンダルまでは14万8千光年。

そこまで行き、地球を救うための装置を受け取り、わずか一年以内に帰らなければならない。

乗組員たちは、故郷や家族を残し、自分たちが戻る前に地球が滅びてしまうかもしれないという恐怖を抱えながら出発します。

1970年代の子どもだった僕にとって、物語の終わりに示される、

「地球滅亡の日まで、あと○日」

という言葉は、本当に恐ろしいものでした。

だからこの主題は、明るい勝利の音楽ではないのでしょう。

ここで描かれているのは、勝利の喜びではなく、滅びへ向かう運命に立ち向かう者たちの覚悟です。

勇ましさと悲しさが同時に存在しているからこそ、《宇宙戦艦ヤマト》の主題は、これほど長く人々の記憶に残っているのではないかと思います。

長い航海の果てに見える星――《イスカンダル》

第3曲は《イスカンダル》。

静かに重なり合う木管楽器の旋律から、音楽が始まります。

前へ前へと進んでいく《宇宙戦艦ヤマト》の主題とは対照的に、この曲では、時間も空間もゆっくりと広がっていくように感じられます。

イスカンダルは、放射能に汚染された地球を救う「コスモクリーナー」を受け取るため、ヤマトが目指した星です。

長く危険な航海の果てに、ようやく見えてきた静かな世界。

僕は細かな映像までは覚えていませんが、この曲を聴いていると、海に覆われたイスカンダルの大海原を、高い場所から見渡しているような気持ちになります。

戦いや緊張から解放された、静かな楽園。

しかし、そこは旅の終着点ではありません。

ヤマトは再び地球へ帰らなければならない。

イスカンダルは、地球から最も遠く離れた場所であると同時に、帰還への折り返し地点でもあります。

そのためでしょうか。

この音楽には安らぎだけでなく、どこか寂しさも感じられます。

演奏会用の組曲《宇宙戦艦ヤマト》は、長く《イスカンダル》を含まない四曲構成で演奏されてきました。

その後、宮川泰の直筆スコアが発見され、息子である作曲家・宮川彬良の監修によって、五曲構成の組曲として演奏されることになりました。

今回聴いたアルバム『二人の宇宙戦艦ヤマト』にも、第3曲として収録されています。

一瞬で緊張を呼び戻す《出撃》

静かな《イスカンダル》のあとに続くのが、第4曲《出撃》です。

一分ほどの非常に短い音楽ですが、その短さが、かえって緊迫感を強めています。

僕が以前から聴き慣れていた四曲構成の組曲では、《宇宙戦艦ヤマト》の主題から、すぐにこの《出撃》へと続いていました。

穏やかな時間は終わり、再び乗組員たちが持ち場につく。

号令が飛び、機関が動き、船が発進する。

短い音楽の中に、そうした場面が凝縮されています。

長く状況を説明するのではなく、わずかな時間で聴く者を戦闘態勢へ引き戻す。

まさに映像作品のために生まれた音楽です。

人の声に帰っていく《大いなる愛》

組曲の最後は《大いなる愛》。

第1曲と同じように、女性歌手のヴォカリーズが戻ってきます。

勇ましい主題で終わるのではなく、最後に残るのは人の声です。

『宇宙戦艦ヤマト』には、戦闘、兵器、宇宙船、未知の惑星といった、いかにもSFらしい要素が数多く登場します。

しかし、物語の中心にあるのは、誰かを思う気持ちや、失われたものへの悲しみ、故郷へ帰りたいという願いです。

《大いなる愛》は、戦いを終えたあとの勝利を祝う音楽というよりも、その戦いで失われたものを静かに包み込む音楽のように聞こえます。

ヤマトの物語を支えていたのは、兵器の強さだけではない。

最後に人を動かすものは愛である。

そんな結論を、言葉を使わずに語っているようです。




宮川泰から羽田健太郎へ

『宇宙戦艦ヤマト』の音楽を語るうえで、宮川泰はまさに本家本元の作曲家です。

テレビシリーズの音楽を作り、誰もが知るヤマトの主題を生み出しました。

その音楽を受け継ぎながら、新しい大規模作品へと発展させたのが、「ハネケン」の愛称で親しまれた羽田健太郎です。

羽田健太郎は、桐朋学園大学のピアノ科を首席で卒業した優れたピアニストであり、《西部警察PART II》や《渡る世間は鬼ばかり》など、テレビや映画、アニメーションの音楽でも広く知られています。

ヤマトとの関わりは、1978年の映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の録音に、ピアニストとして参加したことから始まります。

そして1983年の『宇宙戦艦ヤマト 完結編』では、宮川泰とともに音楽を担当する立場になりました。

その翌年に完成したのが、四楽章、全曲でおよそ一時間に及ぶ《交響曲 宇宙戦艦ヤマト》です。

交響曲の中では、宮川泰が生み出した「宇宙戦艦ヤマト」「イスカンダル」「大いなる愛」などの主題と、『完結編』のために羽田健太郎が書いた音楽が、一つの大きな作品として編み上げられています。

つまりこれは、宮川泰の音楽を羽田健太郎が単に編曲した作品ではありません。

一人の作曲家が生み出した世界を、もう一人の作曲家が受け取り、自分の音楽として再構築した作品です。

35歳の羽田健太郎が生涯で唯一残した交響曲には、宮川泰との出会いと、それまで積み重ねてきたヤマトの歴史が刻み込まれています。

二人の作曲家が描いた、一隻のヤマト

今回のアルバムのタイトルは、『二人の宇宙戦艦ヤマト』。

この「二人」とは、宮川泰と羽田健太郎です。

宮川泰は、ヤマトという物語に最初の音楽的な生命を与えました。

羽田健太郎は、その音楽を受け継ぎ、四楽章の交響曲へと成長させました。

同じ主題が使われていても、二人の作品は同じものではありません。

宮川泰の組曲では、テレビの中で一つひとつの場面を支えていた音楽が、短く鮮明な情景として並びます。

一方、羽田健太郎の交響曲では、それらの旋律が長い時間をかけて変化し、対立し、結びつきながら、一つの大きな物語を形づくっていきます。

映像のために作られた音楽が、映像を離れて演奏会場へ向かい、クラシック音楽の作品として新しい命を得る。

今回聴いていただきたかったのは、まさにその変化です。

再放送から始まった、大いなる旅

『宇宙戦艦ヤマト』のテレビシリーズは、1974年に放送が始まりました。

ところが当時は、裏番組に『アルプスの少女ハイジ』や『猿の軍団』があり、視聴率では苦戦したといわれています。

当初は全39話の予定でしたが、放送は26話に短縮されました。

現在では誰もが知る作品ですが、最初から大ヒットしていたわけではなかったのです。

その後、再放送によって少しずつ人気を高め、テレビシリーズを再編集した劇場版が公開されたことで、一大ブームへと発展しました。

僕自身、ヤマトを最終回まで見たような記憶もあります。

一方で、家族みんなで『アルプスの少女ハイジ』を見ていた記憶も、かなりはっきり残っています。

本放送で見たのか、再放送で見たのか。

今となっては、記憶の中で混ざり合ってしまいました。

しかし、もしかすると、それこそが再放送から人気を広げていった『宇宙戦艦ヤマト』という作品らしい記憶なのかもしれません。

最初の放送では十分に届かなかった作品が、繰り返し放送されることで新しい視聴者と出会い、やがて日本を代表する物語へと成長していく。

そしてテレビ放送から半世紀が過ぎた現在も、その音楽はオーケストラによって演奏され続けています。

ヤマトが旅立ったのは、滅びかけた地球を救うためでした。

けれども作品そのものもまた、一度は終わりかけた場所から再び出発し、長い長い旅を続けてきたのです。

宮川泰と羽田健太郎。

二人の作曲家が描いた音楽を聴きながら、映像を思い出し、まだ見たことのない宇宙を想像する。

今回は、音楽だけでたどる、星の海への大いなる旅路となりました。


ディスカバー・ザ・クラシックス――《真赤なスカーフ》

「ディスカバー・ザ・クラシックス」は、元になった音楽と、その音楽を別のジャンルや編成で取り上げた演奏を並べて聴くコーナーです。

コーナー「ディスカバー・ザ・クラシックス」では、《真赤なスカーフ》を、二つの異なる演奏で聴き比べました。

最初に紹介したのは、元劇団四季のミュージカル俳優・石丸幹二と、ギタリストの吉田次郎による演奏です。

アルバム『KANJI & JIRO “Something’s Coming”』に収録されています。

《真赤なスカーフ》は、テレビシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』のエンディングを飾った、宮川泰の名曲です。

勇ましく宇宙へ旅立っていくヤマトを描いた主題歌とは対照的に、こちらで歌われるのは、旅立った人の帰りを待つ側の思いです。

石丸幹二の歌と吉田次郎のギターによる演奏では、その寂しさや、人を思い続ける気持ちが、すぐ近くで語りかけられているように聞こえます。

壮大な宇宙の物語というよりも、一人の人間がもう一人の人間を待ち続ける、小さく切実な物語として《真赤なスカーフ》が浮かび上がってきます。

そして、その演奏を聴いたあとに、アルバム『二人の宇宙戦艦ヤマト』に収録された、オーケストラによる《真赤なスカーフ》を聴いていただきました。

歌とギターを中心とした親密な演奏から、大編成のオーケストラによる広がりのある音楽へ。

同じ旋律でありながら、編成が変わることで、見えてくる風景も大きく変わります。

石丸幹二と吉田次郎の演奏では、一人の女性が誰かの帰りを待つ心情が強く感じられます。

一方、オーケストラによる演奏では、その個人的な思いが、ヤマトに乗って旅立ったすべての人々と、地球でその帰りを待つ人々の思いへと広がっていくようです。

まず小さな編成で歌の心に耳を傾け、そのあとにオーケストラによって広がるヤマトの世界を聴く。

二つの演奏を続けて聴くことで、《真赤なスカーフ》という曲が持っている奥行きを、より深く感じていただけたのではないでしょうか。

『宇宙戦艦ヤマト』の音楽が本当に魅力的なのは、宇宙を進む戦艦の勇ましさだけを描いているのではないところです。

その船に乗って旅立った人がいて、その帰りを待っている人がいる。

壮大な宇宙の物語の向こう側にある、寂しさや祈りまで音楽にしていること。

《真赤なスカーフ》は、ヤマトの物語を地球に残された人の側から描いた、もう一つの大切なテーマなのだと思います。


番組後半はたくさんのメッセージで盛り上げていただきました。ご参加ありがとうございました。


番組後半はあらためて羽田健太郎『交響曲宇宙戦艦ヤマト』第1楽章冒頭部



音楽だけで進む、ヤマトの旅

宮川泰が生み出した、短く鮮明な情景の数々。

その音楽を受け取り、羽田健太郎が作り上げた一時間規模の交響曲。

今回の番組では、二人の作曲家が描いた一隻のヤマトを、オーケストラの音だけでたどりました。

同じ旋律であっても、テレビの一場面を支えるときと、交響曲の中で長い時間をかけて展開されるときとでは、聞こえ方が変わります。

映像のために生まれた音楽が、映像を離れ、演奏会場の音楽として新しい命を得る。

けれども、その音楽を聴けば、私たちの記憶の中には、再びヤマトの姿が現れます。

宮川泰と羽田健太郎。

二人の作曲家が描いた音楽を聴きながら、かつて見た映像を思い出し、まだ見たことのない宇宙を想像する。

今回は、音楽だけでたどる、星の海への大いなる旅路となりました。

おわかれの音楽




この文章は2026年6月24日水曜日にコミュニティFM『FM八女』水曜午前10時に放送している『きらきらミュージックBOX クラシック音楽の水曜日』で使用した原稿を読み物としてまとめたものです。放送や出演者などについての基本的なご説明は↓

こちらにご用意しております。


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クラシック音楽番組の制作者や、音楽を紹介する活動をされている方をはじめ、興味を持ってくださった皆さまのお役に立てましたら幸いです。



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