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過去の栄光との向き合い方

終点-cosMo@暴走P feat.初音ミク

この曲から元々cosMoファンだった自分が辿り着いた解釈を妄想全開で綴ります。


暴走Pという責務から逃げたかった

「暴走P」という名前は元々コスモとして活動していた中、ニコニコで投稿した「初音ミクの暴走」に付けられたタグからとったものである。

元を辿ればコスモはイラストレーター志望であって自分のイラストを見てもらうために曲を作っていた。

それが「初音ミクの消失」シリーズによりいっきに注目度を集め、ボカロPとして活動するようになった。

そしてコスモはこの後、いくつかの別名義を使って曲を発表していくことになる。

暴走P名義を使うことに何か感じてたんじゃないか。

みんなの中の暴走Pは自分自身からしたら過去の栄光で自分はそれに値しないと感じて居たんじゃないか。

掲示板やsnsでは暴走Pはオワコンなどと1番酷く言われていた時期だった。

今でこそプロセカや音楽ゲームへの提供で大きな日の目を浴びているがそれまでコスモは酷い言われようだった。

特に言われていたのが「速いだけ、うるさいだけ」
という意見。

これはコスモの曲がbpmが基本的に早くコスモ=音楽ゲームのボス曲を書く人みたいなイメージが付いてしまった事の原因でもある。

薄い歌詞に早すぎる音楽これがコスモの印象として残ってる人も多いと思う。

音楽ゲームの新曲やボス曲の追加で「あぁ、またこいつか」と思った人が結構な数いたように思う。

コスモと言えば?と言われたら「ボス曲、速い」このイメージが出ない人は居ないだろう。

このようなことから「暴走P」とした活動することにコスモは何らかの否定的な感情を抱いていたのではないか。

本当は初音ミクのための曲を作りたかった

最近はネットミュージックというジャンルがある。
元々ボカロに関わっていた人達がボカロを捨てメジャーデビューして進む先がネットミュージックである。

ボカロ曲を作り、売れたら自分で歌い別名義をつかい、ボカロを使わなくなる。

こんなボカロPを特に最近は多く見てきた。

それが間違っている訳でもないし、蚊帳の外にいるただのファンが否定出来るわけもないが

cosMo@暴走Pはそのような事をして来なかった。

もちろん本人があまり歌える人では無いとか曲調が人間ボーカルに向いてないとか色々あるが、それでもバンドを組んだり音楽ユニットを立ち上げて曲を提供したりと、今でネットミュージックに進んだ人達と同じ道を進むことだって出来たはずだ。


それでもその道を選ばずボカロを作り続けるのは
初音ミクを1人の人間のように扱って欲しかったんじゃないか


他のボカロPがボカロを踏み台にして音楽の世界へ飛び込んでいく中、初音ミク視点の自分の思いを伝えることで、ミクを1人の人間、1ボーカルとして考えて欲しかったのではないか。


初音ミクに異常なまでの執着を抱き、一時は初音ミクを捨てかけ、それでも初音ミクを愛した生粋のボカロPの渾身の1曲。

終点-cosMo@暴走P feat.初音ミク
である。




オマケ

歌詞を1部抜粋して考察書きます。
妄想全開なのでスルーしてもよし。


-過去の栄光はまばゆく光り 未来の可能性の目を踏み潰す-


これはコスモがこの先も、暴走Pという重圧と責務を課され、自分の作りたい曲よりもみんなが求めている曲を作らないといけない葛藤を表す


-臆病者の僕の君宛ての別れ 君がどうかそのままでいて欲しいんだ-


コスモ自身が初音ミクから距離を置いたことがあるし、メジャーデビューなどしてボカロを捨てていく人がいる中、初音ミクは初音ミクとして歌を歌って欲しい


-輝く出口を作るんだ 大人たちはそう言い出した
未完成のままで放置された 掛けた橋

メジャーデビューなど、表の世界を目指していく周りのボカロPが残した、ボカロ関連の様々な出来事。






悲しくはないが、時折感じる。

あの人がまだボカロを続けてたら、あの人達がまだ生きてたら。

きっとこのボカロシーンは”終点”のようだと揶揄されるだろう。


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