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3年続けて、同じ相手にシーズンを終わらされた|マイケル・ジョーダン 第2話

1988年。

マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)は、MVPと最優秀守備選手を同じ年に受賞した。

平均35.0得点。

それでも、シカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)はデトロイト・ピストンズ(Detroit Pistons)に1勝4敗で敗れた。

1989年。

平均32.5得点、8.0アシスト、8.0リバウンド。

それでも、2勝4敗で敗れた。

1990年。

新しいコーチと新しい攻撃の仕組みが入った。

それでも、3勝4敗で敗れた。

数字は、1勝ずつ近づいていた。

シーズンは毎年、同じ相手に終わらされた。

この連載について

On the Wayは、成功者の答えではなく、本人にも結末が見えなかった「途中」を記録しています。

On the Wayは何を記録するのか



1988年から1991年まで、ピストンズ戦3年連続敗退、新コーチと攻撃設計の導入、1991年の4勝0敗を示すタイムライン

最高の個人を、1人にする

ピストンズが止めようとしたのは、ジョーダンの能力そのものだけではなかった。

その能力へ、ブルズの攻撃が集まる構造だった。

NBA公式の回顧では、チャック・デイリー(Chuck Daly)とスタッフが組んだ守備は、ジョーダンへダブルチーム、時にはトリプルチームを集中させるものとして説明されている。

1人がボールを持つ。

2人、3人がそこへ寄る。

その1人が突破できなければ、チームの時間も止まる。

ジョーダンは1988年、攻撃でも守備でもリーグ最高水準の結果を残した。

1989年には得点だけでなく、アシストとリバウンドでも大きな数字を残した。

それでも、シリーズを終わらせる4勝には届かなかった。

能力が足りないのではない。

能力が突出しているからこそ、相手は止める場所を1つに絞れた。

新しい設計を入れた年にも、負けた

1989-90年シーズンから、フィル・ジャクソン(Phil Jackson)がヘッドコーチになった。

ブルズはトライアングル・オフェンスを導入した。

1人が持ち続けて答えを出すのではなく、5人の配置と動きで、複数の得点経路を作る。

ただし、新しい設計図を置けば、翌日から組織が変わるわけではない。

ブルズは55勝27敗を記録した。

東地区決勝は第7戦まで進んだ。

そこで、またピストンズに敗れた。

戦術を変えた。

コーチも変わった。

前年より1試合多く勝った。

それでも、結果は敗退だった。

この1年を、変更が失敗した年として捨てることもできる。

反対に、翌年の結果を知っている私たちは、必要な準備期間だったと美しく言いたくなる。

どちらも、当時には確認できない。

残せるのは、新しい方法を導入したことと、その方法でも最初の年には壁を越えられなかったことだ。

設計変更には、採用した日と、使えるようになった日の間がある。

その間にも、負ける日は来る。

4年目、コートにいたのは同じ1人ではなかった

ブルズの変化を、ジョーダンが「仲間を信じるようになった」という内面の物語だけで説明してはいけない。

組織には、実際に別の人が増えていた。

ジョン・パクソン(John Paxson)は1985年に加入した。

スコッティ・ピッペン(Scottie Pippen)とホーレス・グラント(Horace Grant)は1987年のドラフトで加わった。

ビル・カートライト(Bill Cartwright)は1988年に加入した。

B.J.アームストロング(B.J. Armstrong)は1989年のドラフトで加わった。

ただ名前が揃ったのではない。

守る人がいた。リバウンドを取る人がいた。空いた場所で打つ人がいた。ボールを運ぶ人がいた。

中心人物へ守備が集まった時、残りの4人が待つだけではない状態が作られていった。

1990-91年、ブルズは61勝を挙げた。

当時の球団記録であり、リーグ最高の勝利数だった。

そして東地区決勝で、ピストンズを4勝0敗で破った。

1勝4敗。

2勝4敗。

3勝4敗。

4勝0敗。

この並びは、努力を続ければ必ず数字が反転する階段ではない。

怪我があれば違った。補強が違えば違った。戦術が浸透しなければ違った。相手の状態が違えば違った。

それでも、4年目に確認できる変化はある。

ジョーダンが止められたら、ブルズも止まる。

その前提が、少しずつ崩れていた。

勝利は、美しい和解では終わらなかった

第4戦の終盤。

ブルズの勝利が決まる前に、複数のピストンズ選手がコートを去った。

握手も、祝福もないまま、長い対戦は終わった。

ここを復讐の完成として描けば、物語は熱くなる。

だが、On the Wayが残したいのは、敵を屈服させた快感ではない。

3年止められた側が、4年目に何を持っていたかだ。

突出した1人は、まだ突出していた。

ただ、その人しか結果を作れない状態ではなくなっていた。

主役を消したのではない。

主役しかいない状態を終わらせた。

On the Way考察

この記事が役立つ人

  • 自分が1番頑張っているのに、チームの結果が変わらない人

  • 仕事、判断、顧客との関係が1人へ集中している組織

  • 新しい仕組みを入れたのに、初年度の失敗で元へ戻したくなっている人

キーポイント|強い1人を弱くせず、1人しかいない状態を変える

個人依存を減らすと言うと、中心人物の力を抑える話になりやすい。

しかし、このケースで必要だったのは、ジョーダンの得点力を消すことではない。

その力へ相手が集中した時にも、別の場所から結果が出るようにすることだった。

突出を否定しない。

突出へ、組織全体を一元化しない。

この2つは両立できる。

確認できるターニングポイント|方法を変えても負けた1990年

結果だけを見れば、転機は1991年の4勝0敗に見える。

だが、設計上の転機は、その前年にある。

コーチを変え、攻撃の仕組みを変え、それでも第7戦で敗れた。

方法を変えたのに、結果が出ない。

そこで元のやり方へ戻れば、変更は試行で終わる。

1990年の敗退は成功の原因とは言えない。

ただし、新しい設計が「まだ使えない」と「間違っている」を分ける必要を示した。

足りなかった支えの仮説|中心人物が止まった時の地図

ここからは一般化のための仮説である。

まず、中心人物が止まった時に止まる仕事を全部書く。

顧客への返答。

価格の判断。

品質の合否。

トラブル時の決定。

次に、その中から3つだけ選ぶ。

別の3人へ、情報だけでなく小さな決定権まで渡す。

最後に、週1回だけ、中心人物が答えを出さない時間を作る。

任せる練習ではない。

中心人物が止められても、チームが1つの局面を終えられるかを確認する練習である。

その支えを作れる人

  • 中心人物は、自分に集まっている仕事と判断を分けて見せる

  • マネジャーは、担当名だけでなく、決めてよい範囲を言葉にする

  • 仲間は、補助役ではなく、1つの結果を完了させる役割を持つ

  • 採用・育成担当は、スターの複製ではなく、別の出口を増やす人を迎える

  • 伴走者は、「もっと任せろ」の前に、渡す情報と失敗できる範囲を一緒に作る

今日できる最小の1歩

自分が明日1日いなかったら止まることを、3つ書く。

そのうち1つだけ選ぶ。

誰かに作業を頼むのではなく、次の1回をその人が決められるように、必要な情報と判断基準を渡す。

全部を手放さなくていい。

主役をやめなくていい。

ただ、主役が止まった瞬間に、全員の時間まで止まる状態を1つ減らす。

ジョーダンは、最高の個人成績を残しても、同じ相手に3年続けて止められた。

新しい方法を入れた年にも負けた。

4年目、彼はまだ中心にいた。

だが、中心しかいないチームではなかった。

壁を越えた時、主役が消えたのではない。

主役しかいない状態が終わった。

挑戦した事実は、ゼロじゃない。

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