この世で一番すごいのは、日雇いで生計を立てている人だと思う【後編】
もう二度と日雇いバイトをすることはないと思っていた大学二年生の夏。
私は諸事情から、それまで続けていたバイトを辞めることになった。
しかし、一か月弱後には短期留学を控えていたため、新しいバイトを始めるには中途半端な空白期間ができてしまった。
だが、その間にもお金は必要である。
短期間でまとまった金を稼ぐには、どうすればいいだろうか。
考えた末、私が選んだのは、もう二度とやらないと思っていた日雇いの仕事だった。
次に働いたのは、ホテル清掃のバイトだった。
当日、朝早くに都心のビジネスホテルに集合すると、すぐ近くにある清掃スタッフ用の事務所のような場所へ移動し、ユニフォームに着替えた。
そして、再びホテルへと戻ると、統括の社員から、その日の担当場所が発表された。
私の担当は、水回りの清掃だった。
まず最初の部屋で先輩から掃除のやり方を教わり、その時に言われた手順を一つずつ頭の中で反芻しながら、丁寧に作業を進めていく。
風呂にはこの洗剤、
洗面所にはこの洗剤、
トイレにはこの洗剤。
鏡を拭く布はこれで、
風呂の水気を拭き取る布はこれ。
アメニティはこの順番で綺麗に整頓して並べる。
よし、次の部屋…。
凝り性で生真面目な性格である私は、完璧な状態にしないと次の部屋に移れなかった。
すると昼休憩中、統括の社員に仕事のスピードが遅いことを指摘されてしまった。
「サボっていると思われたのではないか?」と不安になった私は焦った。
だから、午後からはかなり急いで作業を進めた。
仕方なく、私はさっきまでの倍くらいの勢いで清掃をこなすことにした。
すると、ある部屋で作業をしている最中、社員がやってきた。
頭にハテナを浮かべながら振り返ると、突然、怒鳴り声を浴びせられた。
「隣の部屋、鏡やってねーじゃねーか!!
お前、サボってんだろ?
マジでなめたマネしてんじゃねーぞ!!」
どうやら、急ぎすぎたせいで、一部屋だけ鏡の清掃を丸ごと忘れたまま、次の部屋へ移ってしまったらしい。
滅茶苦茶に怒られた私は、慌てて元の部屋に戻った。
鏡を磨きながら、悔しさに打ちひしがれる。
丁寧にやれば遅いと言われ、急げばミスをする。
そのどちらでも怒られる。
お金が必要で舞い戻ってはみたものの、やはり私には日雇いの仕事は無理なのだ。
そう、改めて痛感させられた一日目だった。
二日目。
ベッドメイクの担当になった私は、最初の部屋で先輩からやり方を教えてもらった。
だが、ベッドメイクという仕事は想像以上に難しかった。
シーツの表裏。
皺を作らない折り込み方。
布団の向き。
どこを持って、どの順番で作業しているのか。
一度見ただけで理解するには、あまりにも情報量が多かったのだ。
これは私の要領が悪いのだろうか。
申し訳ないとは思いつつも、これで独り立ちするのはとても無理だった。
だから、私は先輩に、次の部屋でもう一度説明をお願いしてみた。
すると、先輩は、
「ちょっと早かったかな。ごめんね」
そう言って、今度はゆっくりと作業を見せてくれた。
私は必死だった。
昨日、焦って雑な仕事をしたせいで怒られたのだ。
中途半端な仕事をしたら、また怒られるに決まっている。
だからこそ、きちんと理解してから作業に進む必要があった。
だが、その途中、部屋のドアが勢いよく開いた。
「おい。お前、またサボってんのか?」
昨日私を怒った社員だった。
サボってなんかいない。
むしろ、私は超真剣だった。
だが、一度「サボっている」とレッテルを貼られてしまったせいか、その後は、何をしても頭ごなしに怒られることが増えていった。
真剣にやっているのに上手くできず、怒られて萎縮し、さらにミスをする。
そんな負のループに入ってしまった私は、この日を最後にホテル清掃のバイトを辞めてしまったのだった。
これ以外にも、私はいくつかの日雇いを経験した。
そして、そのたびに思い知らされた。
やはり、私にはできない。
初めて行く職場で、十分な説明もないまま仕事を覚え、その日のうちに結果を出す。
そんな働き方が。
けれど、同じ現場には、それを当たり前のようにこなしている人たちがいた。
初めて来た場所でも迷うことなく動き、必要な仕事を見つけ、黙々と働いている。
私は、そんな人たちを自然と目で追うようになった。
自分にはできないことを、なぜこの人たちは続けられるのだろう。
最初は、ただその理由を知りたかった。
仕事の覚え方が違うのか。
要領がいいのか。
それとも、単純に日雇いの仕事に慣れているだけなのか。
そんなことを考えながら、彼らの働き方を見ていた。
すると、現場は違っても、似た雰囲気を持つ人たちがいることに気づいた。
そして彼らと話すと、必ずと言っていいほど共通していることがあった。
それは、夢を追っている、ということだった。
ホテル清掃二日目、数人と休憩時間が一緒になった。
たまたま居合わせただけだし、どうせ皆黙ってご飯を食べるだけなのだろう。
そう思っていたら、驚いたことに、自然な流れで自己紹介が始まった。
私の向かいに座っていた茶髪の女性は、舞台女優を目指していた。
残りの2人は、バンドマンと声優志望だった。
自己紹介が終わると、今度は稼げる日雇いバイトの情報交換が始まった。
「あそこの現場は時給がいい」
「今度こんな仕事があるらしい」
そんな話をしながら、彼らは互いを励まし合っていた。
同じように夢を追いながら日雇いで生活する仲間に出会えたことが、どこか嬉しそうにも見えた。
その様子を見ていて、私は少し恥ずかしくなった。
この人たちは、夢のために働いている。
そして、生きるために働いている。
ただ小遣いが欲しくて、日雇いに来ていた私とは、ここにいる理由が根本から違っていたのだ。
そして同時に、自分の知らない世界に触れたような気がした。
というのも、その頃の私は、自分の将来設計について、大学を卒業し、大手企業に就職するという未来しか考えていなかった。
だが、その休憩室には、私の知らない生き方がいくつもあった。
彼らは夢を追いかけながら、毎日違う職場へ行き、初対面の人たちと働いている。
その中で、怒られることもある。
失敗することもある。
それでも、また次の現場へ向かう。
私にはない彼らの芯の強さは、きっと、そういう生き方の中で培われてきたものなのだと思う。
勿論、夢を追うためには、不定期のバイトの方が都合がいいという事情もあるのだろう。
だが、辛い現場も少なくない日雇いの仕事を続けていけるのは、きっと、そうまでしても叶えたい夢があるからなのではないだろうか。
今考えても、私には絶対に真似できない生き方である。
だから私は、他にも様々な生き方があることを知ったうえで、「自分に向いている」という理由で、企業に就職してコツコツ働く未来を選んだ。
そして今、その選択は間違っていなかったと思っている。
でも、だからこそ、あの日休憩室で出会った人たちのすごさが、当時よりもよく分かるのだ。
あの日、休憩室で出会った人たちが夢を叶えているのか、私には分からない。
名前も覚えていないし、顔ももう曖昧だ。
だから、検索して確かめたりすることは、もうできない。
それでも、どうか叶っていてほしいと思う。
そして、もし追いかけていた夢とは違う人生を歩いていたとしても、きっとその人らしく生きているのだろうとも思う。
同じ場所で少しずつ積み上げながら生きることを選んだ私とは違い、彼ら彼女らは、変化する環境の中で生きていくことができる、逞しい人たちだったからだ。
要領の良さ・度胸・頭の回転…。
彼らは、私にはないものをたくさん持っていた。
だから改めて、私は今でも思うのだ。
この世で一番すごいのは、日雇いで生計を立てている人だ、と。
