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旧東海道視察旅✕プロジェクト⑫(掛川宿~袋井宿)

皆さん、こんにちは。こんばんは。
オノケンジです。
本稿は、旧東海道視察旅とプロジェクトをかけあわせたお話の12回目となります。
過去の記事をお読みではない方は、以下にマガジンのリンクを張っておきますのでご笑読ください。


前回までの振り返り

1つ前の記事では、第九回遠征(藤枝宿~掛川宿)後半として金谷宿から掛川宿までの模様を執筆しました。今回は第十回遠征(掛川宿~浜松宿)の内、掛川宿~袋井宿までの1宿区間をお送りします。

補足ですが、太字かつ下線の入った部分は、該当内容のURLを埋め込んでいますので、ご興味があればリンク先もご確認ください。また、文章に適宜埋め込んでいる画像は、Google Map大先生のお力をこれでもか!とお借りしています。ご容赦を。。

第十回遠征(掛川宿~浜松宿)

掛川宿~袋井宿

再開場所である掛川に向かうため、東京駅から新幹線に乗車してJR掛川駅へ。朝8時を少し回った頃に到着。前回はスッカリ暗くなって掛川駅に到着したため駅舎をちゃんと見れていなかったのですが、味わいのある駅舎ですね。

JR掛川駅

さて、掛川駅の北口に出てエイエイオー!と心の中で掛け声を上げて本日の遠征開始。まずは袋井宿を目ざすべく、旧東海道への合流(連雀西の交差点)を急ぎます。

連雀西交差点
正面に向かって進みます

連雀西の交差点から西方(上の写真だと正面)に向けて歩みを進めます。
しばらく歩くと左手に見えるキネマ食堂を少し過ぎたところから右斜めの道に進みます。少し進んだところから、旧道から少し外れるところに十九首塚という平将門さんの首実検を行った後に葬った場所があったり。画像の掲載は差し控えますが、綺麗に清掃されていたと記憶します。

キネマ食堂(左)とわかりにくいものの右折する方向に旧東海道は続きます
二瀬川の交差点を左折します
少し歩くと大池橋があり、それを渡ってすぐの五差路を左折
天竜浜名湖線ガードをくぐります
ガードをくぐって左手に曲がると直ぐに西掛川駅があります
大池の一里塚跡
案内板が跡地を示してくれています
今回の遠征でも名残り松が出迎えてくれます
国道1号線の袋井バイパスをくぐります
原川の松並木
松くい虫の影響でだいぶ枯れてしまったとのこと
個人的には立派な松並木だと感じた次第
画像はアップしていませんが、この後も松並木に何度か遭遇します
間の宿原川
金西寺の原川薬師と呼ばれる阿弥陀仏へ供えるための
薬師餅を売る茶屋や酒屋などが軒を連ね、賑わっていたとのこと
文化・文政頃の集落戸数は、46軒と伝えられているとのこと
掛川市と袋井市の境となる原野谷川を渡ります
橋を渡って左手に進むと名栗立場跡に
他の場所も含めて橋を渡ってすぐに左手に移動することが地味に多いです
渡し場の兼ね合いだろうなと思いつつ
冨士浅間宮赤鳥居
本殿までは片道1Km程離れているため、足の消耗を考慮して立ち寄らず・・
久津部の一里塚跡
こちらの一里塚は縮小版として復元されています
東新屋の案内板
袋井宿までもう一息!
どまん中茶屋
初代広重が描いた「東海道五十三次袋井出茶屋ノ図」をモチーフに建てられたとか
ボランティアの方だと思いますが、お茶を頂きながら色々とお話をさせて頂きました
東本陣跡(東本陣公園)
袋井宿にあった3つの本陣の中で、唯一雰囲気を維持している場所です
他の本陣の画像も貼付しますが、今はお店や住居になっていますね
他の宿場町も同様ですが、むしろ東本陣跡のような場所の方が少なかったりします
袋井宿場公園
中本陣跡(現 魚源さん)
標石が建物左手手前にあります
西本陣跡(現 個人の住居)
個人の住居っぽかったため標石のみスクショ

片道約10Kmを歩き袋井宿本陣跡に到着~。
袋井宿について少し解説します。
袋井宿は、東海道五十三次のちょうどまん中に位置し、東西文化の中間点として物資と人々の往来や、秋葉山への参拝客で賑わう宿場だったとのこと。
武士や公家が宿泊・休憩する本陣が3軒、一般の旅人が宿泊する旅籠が50軒あったと伝えられています。

他に旧東海道から離れているものの、徳川家康公ゆかりの秋葉総本殿 可睡斎は有名ですね。東京ドーム10個分の敷地があるとか。URLを埋め込んでいますのでご興味がある方はご確認ください。

そんな袋井宿ですが、江戸時代の面影を残す施設が残っているため、江戸時代の人々の暮らしに思いを馳せてみてるのも良いかと思います。

さて、お次は見付宿(現在の磐田)を目ざします!

まとめ

第十回遠征の内、掛川宿から袋井宿の1宿区間を紹介しました。一気に全区間をご提供出来ればと思いましたが、(個人の都合により)小分けに執筆をさせて頂いた次第です。

掛川宿から袋井宿に向かう道中ですが、松並木の名残りが数ヵ所あり、当時の旅人が見た景色はどうだったのだろうなど思いを馳せることができました。また、袋井宿は江戸、京都の両方から数えて真ん中にあたる宿場町ということもあり、ここまで来たか~と感慨もひとしでした。

次回は第十回遠征その②として、袋井宿~見付宿、または浜松宿まで執筆出来ればと考えています。

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それでは次回の投稿をお待ちください。