旧東海道視察旅✕プロジェクト⑬(袋井宿~浜松宿)
皆さん、こんにちは。こんばんは。
オノケンジです。
本稿は、旧東海道視察旅とプロジェクトをかけあわせたお話の13回目となります。
過去の記事をお読みではない方は、以下にマガジンのリンクを張っておきますのでご笑読ください。
前回までの振り返り
1つ前の記事では、第十回遠征(掛川宿~浜松宿)の内、掛川宿~袋井宿までの模様を執筆しました。今回は袋井宿~浜松宿までの2宿区間をお送りします。
補足ですが、太字かつ下線の入った部分は、該当内容のURLを埋め込んでいますので、ご興味があればリンク先もご確認ください。また、文章に適宜埋め込んでいる画像は、Google Map大先生のお力をこれでもか!とお借りしています。ご容赦を。。
第十回遠征(掛川宿~浜松宿)
袋井宿~見付宿
袋井宿を後にし、次は見付宿(現在の磐田)を目ざします。

石垣と竹矢来の土塁等が復元されています


袋井の近代化遺産とのこと



こちらは当時の雰囲気が残っていますね


ここから磐田市に突入




惹かれるものの江戸時代の旧道を進みます


GoogleMap先生ではスクショが撮れなかったのですが、
旧東海道は正面方向から手前に続きます

途中、松並木もあって当時の雰囲気を少し感じることができます

本陣までもう一息

ただ、少し歩くと離脱します

阿多古山の一里塚跡があります
当時はどこにあるんだ?とかなり探しました・・

こちらも当時は一時的になかったような・・
とにかく探し回った記憶が残っています(笑)

大通りに合流すると門のような雰囲気のオブジェがあり撮影しました

静岡銀行の店舗前にあります

ピザーラの店舗前に

ある宗教法人の前にあったためアップで
南本陣跡は看板がなさそうでした

旧見付学校(左手)を見学


袋井宿から約9Kmを歩いて見付宿に到着。
脇本陣の1つに門が残っており、当時を少し感じることができます。
後は、遠江國総社淡海國玉神社に参拝し、隣接する旧見付学校を見学させて頂きました。旧見付学校は、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎で、国の史跡に指定されているとのこと。
一息をつけたので、本日の最終目的地である浜松宿へ向かいます!
見付宿~浜松宿
見付宿の本陣跡から立ち去り浜松宿へ向かいます。

姫街道とは、浜名湖北岸を迂回して御油宿に至る街道です



旧道はこちらの交差点を右手に進みます
ここで、東京日本橋から長らく旧東海道踏破の旅を支えてくれた「ちゃんと歩ける東海道五十三次 東」の地図が終わりを迎えました。。
何だかグッとくるものがありますね。。
そのような感動をしつつ、バトンタッチで「ちゃんと歩ける東海道五十三次 西」をバッグから取り出します。いよいよ後半に突入したなと気持ちを引き締めます。



綺麗に整備されています







次は画像左手方面に歩きます

天竜川の治水事業に尽力された方

標識のみが残ります

ここからしばらくは只管に歩きます


こちらも標識が立っていますが、画像は裏側になります・・

いよいよ宿場町が近づいてきたなと

飲食店などが入居しつつ、上層階はホテルですね


本日の最終目的地であるJR浜松駅に到着。
本陣跡は駅から先に行った場所だったため、今日はここで終えることにしました。掛川から約32Kmの行程でしたが、今回も充実した遠征だったなと感じます。後、久しぶりに足の痛みも。。
そうそう、旧東海道から話はそれますが、浜松市は静岡一の人口を抱えるだけあり、駅周辺もお店が多くて良いですね!
浜松アクトシティや浜松市楽器博物館、遠鉄百貨店など見て回りたい場所がチラホラと。次回遠征時、時間的な余裕があれば訪れたいところ。
まとめ
第十回遠征の内、袋井宿から浜松宿を紹介しました。
鎌倉時代の旧道が残っていてテンションが上がったり、一里塚跡の落差に苦笑いをしたりと気持ちを揺さぶり続けられました。
見付宿も他の宿場町と同様に本陣跡などは殆ど残ってはいないものの、看板が立てられていることで各施設の場所を知ることができて良かったなと。
地元の方々に感謝ですね!
さて、次回は第十一回遠征として、浜松宿~新居宿まで執筆出来ればと考えています。
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それでは次回の投稿をお待ちください。
