書けなかった1か月に見えてきたもの
それはある日突然やってきました。
あれ・・・書けない。頭の中が靄がかかったみたいに真っ白で、パソコンに向かえません。次に何を書こうか、考えていたアイデアがすべて「ちがう、そうじゃない」感が漂います。
いわゆるスランプというものなのかもしれません。
いつも殴り書きしている日記には、noteを書けない焦燥感で溢れ返っていました。1カ月前に娘が熱性痙攣をした記事を書き、次は「考えすぎを翼に変える」を深掘りした有料記事を書こうと意気込んだ矢先でした。
有料記事を書くにあたって、私は誰に向けて書こうか考えました。
「間違えちゃいけない」が、私を止めていた
思い浮かんだのは、高校生くらいになった私の娘でした。今はまだ3歳の娘。私に似て相手の表情や状況をよく見て行動する、観察力のある子。私自身が小さい頃、親戚のおじさまに「この子は一つのことをじっと見つめる子だね」と言われました。その言葉はそっくりそのまま私の娘にも当てはまります。だからこそ、私と同じようなことで悩んだ時、励ませる記事を書きたいと思いました。
「娘に届けたい」と思った瞬間、私の中で「間違いのないものを書かなきゃ」にすり替わっていました。そうなると途端に、何が正解で何が不正解かを探す思考に変わってしまったのです。答えのない問いに、答えを出そうとしていたんだと思います。

書けない自分を、責め続けた2週間
そしたら、何を書いたらいいか、途端に分からなくなったのです。
2週間くらいは、とにかく1日1日が過ぎるのが怖かったです。noteを開くと、自分の記事のタイトルの横に「2週間前」と書かれている。その灰色の文字を見るのが怖かったです。そして段々noteを開く頻度が減りました。
そんな中でもフォローを外さずに居てくださる方、新しくフォローしてくださる方まで居て、そのありがたさと申し訳なさで、ますますどうしていいか分からなくなりました。
そして、娘がまた7月に熱を出し、その数日後、私も発熱してダウンしました。発熱はきつかったですが、noteから完全に離れざるを得ない時間が正直少しありがたかったです。

気づけば、景色が変わっていた
前回の記事から4週間経った今、ふと立ち止まると、私を取り巻く環境がガラッと変わっていました。
まず、心がとても満たされていました。
夫との関係も数か月前に大揉めしたのが嘘のように、心地よくなっていました。先日家族で夏のお出かけをして、1日で流しそうめん・川遊び・カフェランチ・海遊びを詰め込んだ日を、最高に幸せな気持ちで過ごしました。車内でも感謝が止まらなくて、私から感謝を伝えられた夫も嬉しそうで、そんな二人の姿を見てる後部座席の娘も嬉しそうで、お顔もキラキラ。
そして、ママ友さんとの時間もこの夏かなり増えました。初めてお家にお呼ばれしたり、私も2人のママ友さんをそれぞれ別日で招待したり。どちらのママさんも大好きで、最高に居心地が良くて、気づけばゲラゲラ笑い合える関係になっていました。
それに向けて部屋の片付けも本格的に進めて、家が片付くたびに家をもっと好きになりました。

自分の中の何かが大きく変化して、その変化のおかげで、人との縁が繋がっていってるのを感じました。
書けなかったこの1か月。私はサナギのように自己変革をしていたのだと今になって気づきました。
私がした自己変革は、自分の思い込みを一つずつ手放すことで進んでいきました。これから、この1カ月の学びを記事にしようと思います。まず次回の記事は「相手の機嫌に振り回されなくなった方法」について。
「まず書いてみる」を、やっと思い出せた
正直、これが成長した娘に届くものになっているかは分かりません。というかそんなの分かるわけないんです。
私は分かるわけのない正解を探そうとしていたから、noteを書く手が止まっていたんだと思います。成果ばかりを求めてしまったから、有料記事を書けませんでした。お金をかけていただくような価値を私が生み出せるのか分からなくて。
でもまずは書いてみて、その記事が仕上がってから、初めてその記事の価値を判断できます。頭の中でぐるぐる考えているだけじゃ、何も判断できません。そんな当たり前のことに、1か月経ってやっと気づきました。
願わくば、この1か月の自己変革の発見が、あなたに届くものになっていますように。
これからの10日間について
そして、このタイミングで娘の10日間の幼稚園お休みが始まります。次回の記事の「相手の機嫌に振り回されなくなった方法」を投稿後、この10日間はせっかくなら、「書けない期間」じゃなくて、「考えすぎる前に文字にしてみる期間」にしようと思います。
まだ記事になる前の感じた思いをそのまま投稿してみる期間。きっと娘のお昼寝中しかチャンスはないので、拙い短い文章になると思います。でも自分の完璧主義が発動する前に文字にする練習の期間にちょうどいいんじゃないかなと思います。毎日ではないかもしれない。でもそれも完璧主義にならないように、肩の力を抜く実験として。

そんな記事にもお付き合いいただけたら嬉しいです🌼
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
