見出し画像

2026/06/12

仕事して、稽古終わり。家に帰ればまた仕事。なんとなくそのまま帰りたくなかったので、コンビニに寄り道して、アイスを買い食い。

いろいろ悩むけど最終的にはコレを選んでしまう。
田舎町特有の夜の青い匂い。
何かが起こりそうで起こらない、少年期の「期待はずれ」を伴った匂い。

入院されてた仕事場の大恩人からのメッセージが届き、安堵する。仕事の面はもちろん、ギタリストとしてもいろいろ教わった人。過去形じゃないな。今もなお教わっている人。
まさに絵に描いたような「賢人」のような風貌。だけど、いい意味で俗っぽい面も持ち併せている。

知恵を一層絞る仕事の時、「あの人だったら何て言うかなぁ」と常に頭の中で問いかけたりしている。昨今のAIをどう思ってるのだろうか。

そういえば去年バンドで合宿した時、自分がギターボーカルで、その方がドラムでこの曲をセッションしたんだわ。いつもならボイスメモででも練習音源残すのに、これに限って録り損ねていた。

◾️「菜園シネマストリート」
岩手出張の折に、いわてDTMの会の後川さんと再会。今回のCDが舞台である映画館通りの一角で待ち合わせして、「菜園シネマストリート」の現物をいただく。

通して聴くと、カットアップで作られた映画のようだ。

会えたのはほんの15分程度だったが、そのわずかな会話の中でも次のコンピ盤に向けたアイデアなどが膨らむ膨らむ。
仙台・盛岡での音楽、山形では演劇。自分はなんだかんだ活動してるなあ。

盛岡「柳家」キムチ納豆ラーメン。創業者が亡くなられてから初。献杯。
姪っ子が作ってくれたホットドッグ。

◾️奇跡、その軌跡について
コレだけタイパ、コスパを謳われてる世の中、かつファストコンテンツが多い中で。時代に逆らうかのように、私たちは地方小都市の2時間近い舞台の上に、凛と立とうとする。

振り返れば、大学入学や就職を経た16年間、誰かに出逢えても互いの感情を理解する前に、あるいは見せる前に別れてしまった人、掴みかけたかに見えたが砂になって指の間から落ちてしまったような出来事ばかりだった。

10代、20代の時に比べてある程度精神的に大人になってから出会った友人・仲間たち。「いままでどこに居たん?」って思うほどに、同じお笑い、音楽、映画に触れてきた同年代と出会っている。それ以外にも、演劇に再接触してから、説明し難いシンクロニシティやら再会やらが続いている。

この奇跡のような時間に、「どうか消えないで」と願ってみたが悲しいかな、終わりはやってくる。

自分は抗えない大きな流れの中にいる。
この奇跡が自分の手を離れたら、きっとまた次の誰かの元へと繋がれていく。どこかの街でいつしか奇跡を諦めて、それでもなお懸命に生きる人たちのもとに。

だからより一層、この舞台を成功させないといけないと思うんだよ。流行り廃りじゃあない、この奇跡は永遠なんだな。わしゃ、アルチュール・ランボーか。

◾️執着、理屈、雁字搦め
楽しい舞台を作っているからこそ、コレだけセンチメンタルにもなる。そんな気持ちにもなりゃ、人並みには人肌恋しくなったりもする。

何があっても離れない、確かな物を自分は求めてやまなかったのかもしれない。物にも執着する、出会った人にも、コレと決めて賭けようと思った事にも。だから全ての物事と自分の間にある関係に、なんらかの意味があるのだと。あらゆる意味や理屈の糸に操られてるように立っている。

偶然の出会いを縁と呼んでみたり。同じ食べ物を美味いと言う瞬間を幸せと呼んでみたり。二人の時間差と距離をあえて愛と呼んで納得してみたり。初対面の相手との間に共通点を見出しては運命と感じてみたり。時を忘れて没頭できることに自分の使命をみたり。心身が疲れても下腹部がまだちゃんとモヤつくことを希望と呼んで笑ったり。

その意味や理屈の糸で均衡が取れている間はいいが、別れや裏切りで切れた糸の反動で忽ち立っていられなくなる。だからあらゆる物を繋ぎ止めようと必死になる。万物も人の心も移ろいゆくことを知っていながらだ。

誰かを、何かを失うことが怖いのか。それとも自分の正気を失うのが怖いのか。

世間は自分を「束縛のケ」があると見るのだろうが、こうして考えると、縛られているのは一体誰なんだろうと思う。理屈や意味、ひいてはこの心と身体にワタシは雁字搦めで。その割にこの文章(めいたもの)は、理屈・意味・ロジックが破綻してますがね。

◾️GAPPING、ビーン、バカメビウス
こんなこと書いちゃいますがね、舞台でのワタシは、バカキャラだ。ギャップ。ギャップ。ギャップ。ギャッピング。このセンチメンタルな日記もきっと壮大なフリなんだな。

バカなんだけど、フって、フって、フって、オトす。
幼少時代に「Mr.ビーン」に影響された私は、コメディアンになりたいと母親に言うと、「あの人(ローワン・アトキンソン)はすごく頭良いから、いっぱい勉強しないとコメディアンにはなれないのよ」と返されたのだ。
実際、ローワン・アトキンソンはオックスフォード大卒だ。

それもあってか、それなりに勉強して、それなりの高校と大学には行った。が、コメディアンにはなれなかった。

自分に足りなかったのは、あと少しの学力や笑いの地肩のほか、実家の財力やパトロンの存在ではなく、無鉄砲さ。身も蓋もなく言えば、多少のバカさ。若さと根拠なき自信で突っ走るほどの。

で、そんなコメディアンの卵にさえなれなかった自分が今、バカキャラをやるのだ。メビウスの輪のように、頭ん中で話が宙がえって結ばれる。

いかんいかん。
考えすぎて、挙動が遅れそう。
「STOP MAKING SENSE」だ。


【告知】
山形市民会館 自主事業
王立ブロニーショー 企画公演 『ダブリンの鐘つきカビ人間』
作・演出:後藤ひろひと

会場:山形市民会館 大ホール
〒990-0039 山形市香澄町 2-9-45
日程:6月27日(土)13:30 / 18:30 
   6月28日(日)13:30
※受付開始は開演の1時間前、開場は各30分前
料金:【前売】 一般 3,000円、大学生以下 1,500円
   【当日】 一般 3,500円、大学生以下 2,000円

◾️予約はこちらから(不知火涼太扱い)↓↓↓↓↓

【配信アルバムリンク】

【アルバム「未明」ライナーノーツ】

【Podcast「まにラジ」】
劇団箱庭ノ虫Podcast配信のアーカイブ。
稽古のあれこれ、メンバーのパーソナルな部分を中心にゆるく語ってます。
※現在、spotify、Apple Podcast、YouTube「劇団箱庭ノ虫」アカウントで視聴可能。



いいなと思ったら応援しよう!