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等身大の自分って案外大きいことを自分は知らない──脱サブとは?

 人間の器の大きさって、自分じゃ見えないものだから

 あーなんて自分はダメなんだろう
 自分って何かの役に立ってるのかな?

 そんなこと思って落ち込む日、アンタにもありますよね。

 ぼくも、すごくネガティブな時期がありました。
 今でも時々そんな日があります。

 よく、人間の器の大きさって言うやん。

 それって、自分は器の大きいとか、小さいとか、わからないもの。
 他人からの評価

 ダンサー経験のある人ならよりわかると思うけど、
何か、隣の人より目立ってやろうとか、この世界で勝ち抜いてやるとか、
20歳くらいの時はそう思ってた。

 で、必要以上に大きく自分を見せようとしてた。
 いっちーさんのnote読ませていただいて、すごく共感したんよね

 ダンサーって、自分を表現するねんけど、自分を表現してない。

 ん?

 変なこと言ってる?

 自分を表現すると言うのは、自分という人間が表現する色とか雰囲気を伝える。
 でもその表現している対象は、あくまでも自分じゃなくて、例えば曲を表現したり、ある時は水であったり、風であったり、これって自分を表現しているんじゃなくって・・・

 つまりやな、自分っていう器を使って、何かを表現している。
 それで、時間とか空間を共有する。そこに価値がある。

 等身大の自分っていうのは、そういう意味でニュートラルな自分。
 どのギアにも入れることもできるし。

 これこそが脱サブ、いわゆる人生のメインに自分が立てる最高の言葉やねん。
 等身大の自分

 いい言葉やな

 いっちーさんありがとうございます

 アンタも今日から等身大でいい。
 力まず、自分素のままでいい。

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